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有機合成化学、量子化学計算、時間分解レーザー分光を基盤として、高機能性フォトクロミック分子や有機ラジカルの開発を目指した物理有機化学の研究を行っています。

Aoyama Gakuin University

Department of Chemistry
Functional Material Chemistry Laboratory

論文概要Abstracts

基礎解説 ⇒ T型フォトクロミック分子 HABI 高速フォトクロミック分子 ビラジカル
論文概要 ⇒ HABI 高速フォトクロミック分子 ビラジカル

高速フォトクロミック分子に関する研究論文

 ラジカル解離型フォトクロミック分子のナノ秒レーザーフォトリシス測定により、ほぼ純粋なシングレットビラジカルを初期状態として、ビラジカルとキノイドの熱平衡状態に至る過程に関する速度論解析を行った。フェノキシル−イミダゾリルラジカル複合体は紫外光励起によりビラジカルを生成し、その後、マイクロ秒領域の原子価異性化反応によりビラジカルとキノイドの熱平衡状態に到達する。この熱平衡反応の正反応および逆反応の熱力学パラメータを決定することに初めて成功した。さらに、キノイドの可視光励起によりビラジカルを生成する原子価光異性化反応を見いだした。



Ayako Tokunaga, Katsuya Mutoh, Takeshi Hasegawa and Jiro Abe

Reversible valence photoisomerization between closed-shell quinoidal and open-shell biradical forms
J. Phys. Chem. Lett., 2018, 9, 1833-1837.

 フェノキシル–イミダゾリルラジカル複合体(PIC)は、紫外光照射によりフェノキシル部位とイミダゾリル部位間のC–N結合が解離することでビラジカル種を生成して着色し、熱的にビラジカル種が再結合して速やかに無色に戻る高速フォトクロミズムを示す。PICは合成が簡便で分子設計が容易であり、フェニル基に様々な置換基を導入することにより、熱消色反応速度を数十ナノ秒から数秒の時間領域まで変化させることができるため、様々な用途における新規光スイッチ材料として注目されている。近年の研究から、PICユニットを分子内に二つ有する誘導体bisPICが、励起光強度に依存してビラジカル種からさらに別の過渡種を生成する段階的二光子反応を含んだフォトクロミズムを示すことが明らかになった。段階的二光子反応により生成する過渡種のスペクトルや減衰過程は、一光子過程で生成するビラジカル種のスペクトルの重ね合わせとは全く異なり、二つのC–N結合の解離によりパラ位のイミダゾリルラジカル同士で閉殻構造をとったキノイド種が生成していると考えられる。二つの発色団を一つの分子に組み込んだ分子系はこれまでに多数報告されている一方、このように段階的二光子過程により全く別の物性を発現できる系は例が少ない。これらの系をさらに発展させることは、励起光強度依存性のある新しいフォトクロミック材料への応用としても重要である。本論文ではPIC部位をビフェニルで架橋したいくつかの誘導体を合成し、ビフェニル部位の二面角が段階的フォトクロミック特性に与える影響について検討した。



Izumi Yonekawa, Yoichi Kobayashi, Katsuya Mutoh and Jiro Abe

Structurally and electronically modulated spin interaction of transient biradicals in two photon-gated stepwise photochromism
Photochem. Photobiol. Sci., 2018, 17, 290-301.

 複数の光子や分子が協同的に応答する現象は、一光子、単分子反応を超えた新しい光応答を実現し、これまでにない光機能性材料を創出する上で重要である。複数光子の応答の代表例である二光子吸収は、入射光子エネルギーよりも高い励起状態を生成できること、光強度閾値を持ち、非線形的に応答することなどから、様々な産業分野で応用が期待されているが、その一方で、一般的に高強度且つ大型なレーザー光源を必要とすることが課題であった。二光子吸収過程の光強度閾値には、一光子吸収により過渡的に生成する仮想準位、及び電子励起状態などの中間状態の寿命が大きく影響する。中間状態が仮想準位であれば、二つ目の光子は仮想準位が消失する前(1フェムト秒程度)に、また中間状態が電子励起状態であれば、励起状態が失活する前(数ナノ秒からマイクロ秒程度)に次の光子を吸収する必要がある。この中間状態の寿命をミリ秒以上に長寿命化することができれば、LEDや太陽光などの弱い光で非線形的な光応答を実現できる一方、ミリ秒以上の寿命をもつ電子励起状態はほとんどなく、原理的に実現が難しい状況であった。われわれが開発してきた高速フォトクロミック分子が生成する発色体の寿命は数百ミリ秒から秒オーダーあるため、発色体が光を吸収して更なる光化学反応が起きる可能性が高く、従来の電子励起状態を用いた二光子吸収過程と比べて劇的に強度閾値が下がった。本総説はフォトクロミック反応を用いた段階的二光子反応システムについて俯瞰したものである。



Yoichi Kobayashi, Katsuya Mutoh and Jiro Abe

Stepwise two-photon absorption process utilizing photochromic reactions
J. Photochem. Photobiol., C, 2018, 34, 2-28.

 日常生活に使われるインコヒーレント連続(CW)可視光を用いて、弱光下では応答せず、ある閾値以上の光強度下でのみ応答する可視光非線形応答型フォトクロミック分子の創製は、背景光に影響されない高選択的光スイッチ分子の実現という観点からも重要な課題である。本研究では、一分子内に正フォトクロミズムを示すユニットと逆フォトクロミズムを示すユニットを組み込んだバイフォトクロミック分子を開発し、光強度の異なる可視光を照射することで、着色状態の色調を変えることに成功した。照射光強度が弱い時には逆フォトクロミズムによる消色反応が支配的に起こり、溶液の色調は橙色から黄色に変化する。一方で、照射光強度が強い時には逆フォトクロミックユニットの可視光増感効果により正フォトクロミズムの着色反応が支配的に進行し、溶液の色調は深緑色に変化する。このような非線形的な着色現象は、パルス光に限らずCW光でも誘起することができる。





Izumi Yonekawa, Katsuya Mutoh, Yoichi Kobayashi and Jiro Abe

Intensity-dependent photoresponse of biphotochromic molecule composed of a negative and a positive photochromic unit
J. Am. Chem. Soc., 2018, 140(3), 1091-1097.

この論文はフロントカバーに選定されました。

 ナフトピラン誘導体は調光レンズ材料として実用化されているフォトクロミック分子として知られているが、本研究ではその性能を飛躍的に改善する方法論を確立した。ナフトピランの無色の閉環体(CF)に紫外光を照射すると、着色した開環体であるトランソイド―シス体(TC体)を生成する。TC体はさらに紫外光を吸収することでTT体に光異性化する。TC体は比較的速やかに元のCFに戻るが、TT体は熱的に安定であり室温条件では長時間残存する。すなわち、ナフトピランは太陽光の下ではTC体とTT体を生成することで着色するが、室内に戻っても残存するTT体に由来する着色状態が長時間継続する、という課題を持っていた。本研究では、3H-ナフトピランの10位にアルコキシ基を導入すると、TC体ではアルコキシ基の酸素原子とオレフィン水素の相互作用によりTT体の生成につながるC=C結合軸の回転が抑制されることを見いだした。このように、分子内水素結合を利用することで、これまで困難とされてきた長時間残存するTT体の生成を大幅に抑制することが容易になり、室内に戻ったときに速やかに消色する次世代ナフトピランの分子設計指針を確立した。





Yuki Inagaki, Yoichi Kobayashi, Katsuya Mutoh and Jiro Abe

A simple and versatile strategy for rapid color fading and intense coloration of photochromic naphthopyran families
J. Am. Chem. Soc., 2017, 139(38), 13429-13441.

 ペンタアリールビイミダゾール(PABI)は2014年に当研究室で見いだされた高速熱消色型フォトクロミック分子であるが、本論文では超高速分光(可視、赤外光領域)および高精度量子化学計算(XMS-CASPT2)を用いて、光生成種である開環体ビラジカルの生成ダイナミクスを明らかにした。開環体は開殻電子構造のビラジカルと閉殻電子構造の o–キノイドの共鳴構造として考えることができるが、CASPT2計算によりビラジカルの寄与が86%程度あることが示され、ほぼ純粋な一重項ビラジカルであることが明らかになった。また、ファンデルワールス相互作用により、ビラジカル性が異なる(86.3%、84.8%)二種類のコンフォメーションの熱平衡として存在していることが、超高速分光により実証された。また、S1状態とS2状態はCASPT2計算によりキノイド性の寄与が高いことが示され、ほぼ閉殻電子構造として考えることができることが明らかになった。本研究により、極めて強い電子相関を持つビラジカルの電子構造はDFT計算で行っているような単一のスレーター行列式で表すことは不適切であり、CASSCF計算のように、複数のスレーター行列式(配置関数)の線形結合で表さなければならないことが明確になった。



Yoichi Kobayashi, Hajime Okajima, Hikaru Sotome, Takeshi Yanai, Katsuya Mutoh, Yusuke Yoneda, Yasuteru Shigeta, Akira Sakamoto, Hiroshi Miyasaka and Jiro Abe
Direct observation of the ultrafast evolution of open-shell biradical in photochromic radical dimer
J. Am. Chem. Soc., 2017, 139(18), 6382-6389.

 不対電子を持つラジカルは一般的に不安定で、溶媒や酸素と速やかに反応してしまう。トリフェニルメチルラジカルや2,4,6-トリ-tert-ブチルフェノキシルラジカルでは、不対電子を嵩高い置換基で保護することにより、比較的安定に存在することができる。また、フェナレニルやビスフェナレニルなどの平面共役系ラジカルでは、不対電子が分子全体に非局在化することで安定化が図られているが、酸素や溶媒分子と反応してしまうことが知られている。一方で、2,4,5-トリフェニルイミダゾリルラジカルも不対電子が分子全体に非局在化することで比較的安定に存在し、ラジカル二量化反応によりラジカル解離型フォトクロミズムを示すイミダゾール二量体を生成する。本論文では、立体的に保護されていないイミダゾリルラジカルとフェノキシルラジカルのラジカル複合体(PIC)を新たに開発し、そのフォトクロミック特性について研究を行った。新たに開発したPIC誘導体は紫外光照射により、イミダゾール環の4位と5位にフェニル基を持たないイミダゾリルラジカルとフェノキシルラジカルを可逆的に生成するが、着色体であるビラジカルは酸素や溶媒の影響を受けず、高速熱消色反応と優れた繰り返し耐久性を有することが見いだされた。



Yoichi Kobayashi, Yasuhiro Mishima, Katsuya Mutoh and Jiro Abe
Highly durable photochromic radical complexes having no steric protections of radicals
Chem. Commun., 2017, 53, 4315-4318.

 光子、分子間の協同的かつ協調的な相互作用は、一般的な1光子1分子応答を超える高度な光応答材料を開発する上で重要である。2光子吸収反応に代表される非線形的な光応答は、光反応の時空間制御を達成するのみでなく、光強度や波長に応答する新規光材料の創製が期待される。本研究では、高速フォトクロミック分子であるフェノキシル-イミダゾリルラジカル複合体(PIC)を用い、新たな2光子反応フォトクロミック分子系を開発した。光照射によって生じるビラジカル間の相互作用を効果的に利用し、光強度に応じて発色の色および熱戻り速度(マイクロ秒~秒)が制御可能であることを見出した。時間分解赤外吸収スペクトル測定や2波長励起レーザーフラッシュフォトリシス測定を用いることで、フォトクロミック反応に伴う分子構造変化を詳細に検討した。この結果は、高速フォトクロミック分子を基軸とした新たな光機能材料の創製やビラジカル化学の発展につながる重要な知見を与えている。



Katsuya Mutoh, Yoichi Kobayashi, Takuya Yamane, Takahiro Ikezawa and Jiro Abe
Rate-tunable stepwise two-photon-gated photoresponsive systems employing a synergetic interaction between transient biradical units
J. Am. Chem. Soc., 2017, 139(12), 4452-4461.

 光照射によって大きな吸光度変化を瞬時に誘起し、照射を止めると迅速に元の吸光度に戻るフォトクロミック化合物は、調光レンズを始め、様々な産業分野で必要とされている。我々は、ナフトピラン化合物のフォトクロミック反応を嵩高い置換基によって制御することにより、光照射により高速に発消色する誘導体を開発した(Chem. Commun., 2015, 51(15), 3057-3060)。フォトクロミック反応の高速化は実現できた一方、嵩高い置換基はフォトクロミック反応の反応効率を減少させる可能性があり、速い時間領域における詳細な解析が不可欠であった。本研究では、フェムト秒からマイクロ秒までの可視、赤外吸収分光法と量子化学計算とを組み合わせることにより、光照射直後の結合解離過程から発色体の生成、及び緩和過程までを詳細に解析した。これらの実験から、嵩高い置換基はフォトクロミック反応を高速化する一方、反応効率はほとんど変化しなかったこと(~0.7)、また残存色の問題となっていたtransoid-trans(TT)体はピコ秒オーダーの早い時間スケールにおいても観測されず、TT体の生成を完全抑制できたことが明らかとなった。これらの結果は、開発された高速熱消色ナフトピランの分子設計の妥当性を示すものとなり、産業応用において重要な知見を得ることに成功した。



Sabina Brazevic, Michel Sliwa, Yoichi Kobayashi, Jiro Abe and Gotard Burdzinski
Disclosing whole reaction pathways of photochromic 3H-naphthopyrans with fast color fading
J. Phys. Chem. Lett., 2017, 8, 909-914.

 高速フォトクロミック分子は、光照射による高速発消色特性を利用することで調光レンズやホログラフィ材料への応用が期待されている。実用的な材料としてフォトクロミック分子を用いるにはポリマーフィルム中において良好なフォトクロミック特性を示すことが求められるが、機械的強度の高いポリマー中では発消色効率が低いことが問題となっている。本研究では、ガラス転移点の大きく異なる2成分から成るブロック共重合体の相分離を利用することで発消色効率の改善を試みた。高速熱消色ナフトピラン誘導体をポリマーにドープし、熱処理することでポリマーが相分離することをAFM測定より確認した。熱処理前後におけるフォトクロミック特性を評価すると、ガラス転移点の低いポリマー中にナフトピランが存在することで、良好な発色、高速熱消色特性を維持できることを見出した。これは市販されているブロックコポリマーにフォトクロミック分子をドープするのみで良好なフォトクロミックフィルムを作成できることを示しており、産業応用する上で重要な知見を与えている。



Katsuya Mutoh, Yoichi Kobayashi and Jiro Abe
Efficient coloration and decoloration reactions of fast photochromic 3H-naphthopyrans in PMMA-b-PBA block copolymer
Dye Pigm., 2017, 137, 307-311.

 複数の光子や分子が協同的に応答する現象は、一光子、単分子反応を超えた新しい光応答を実現し、これまでにない光機能性材料を創出する上で重要である。複数光子の応答の代表例である二光子吸収は、入射光子エネルギーよりも高い励起状態を生成できること、強度閾値を持つことから様々な産業分野で応用が期待されている一方、高強度且つ大型なレーザー光源を必要とすることが問題であった。近年われわれは、T型フォトクロミック化合物を用いて、光強度によってフォトクロミック反応特性が変わる新しいフォトクロミック反応群を創出している。この反応には、光生成した過渡種がさらに光を吸収して反応する段階的二光子吸収過程という現象を用いており、その光強度閾値はフォトクロミック反応の熱消色速度によって自由に調節できる。本総説では、段階的二光子吸収の基礎的な概念から近年の我々の光強度閾値をもつフォトクロミック反応系までを紹介し、それらの今後の展望について解説している。



Yoichi Kobayashi, Katsuya Mutoh and Jiro Abe
Fast photochromic molecules toward realization of photosynergetic effects
J. Phys. Chem. Lett., 2016, 7(18), 3666-3675.
この論文はフロントカバーに選定されました。

 新しい熱消色型フォトクロミック化合物として報告されたフェノキシル-イミダゾリルラジカル複合体(PIC)は、光照射によってビラジカルを生成し、生成したビラジカルは一次指数関数的に熱によってもとの閉環体へと戻る。一方、本研究で合成したイミダゾール環が逆向きに配置されたPIC(RPIC, イミダゾール環の2位ではなく4位にフェノールが置換されたフェニル基が結合している)では、光照射によってビラジカル的な過渡種が初めに生成し、数百ナノ秒で別のキノイド的な過渡種へと異性化した後、ミリ秒オーダーでもとの閉環体へと戻る特異なフォトクロミズムを示すことが明らかになった。ビラジカルからキノイドへの原子価異性をダイナミックに観測した例はこれまでにほとんどないことから、基礎化学の観点から重要であるだけでなく、一つのフォトクロミック化合物から異なる時間スケールで二つのフォトクロミズムを発現できることから、新しい光機能性材料としても興味深い。



Yoichi Kobayashi, Kentaro Shima, Katsuya Mutoh and Jiro Abe
Fast photochromism involving thermally-activated valence isomerization of phenoxyl-imidazolyl radical complex derivatives
J. Phys. Chem. Lett., 2016, 7(16), 3067-3072.

 ホログラムとは、物体により散乱する光と参照光と呼ばれる別の光によって生じる干渉縞により三次元情報を記録した画像のことを言い、目に優しく自然な3D映像を実現することから、次世代ディスプレイとして注目されている。われわれはこれまでに、高速フォトクロミック化合物を用いたホログラム画像の実時間の高速書き換えに成功しているが、用いる物体はまだフォトマスクなどの二次元透過物体に限られていた。本研究では、ホログラム光学系とポリマーフィルムの最適化により、三次元物体のホログラムの高速書き換えに初めて成功した。高速書き換え速度は目の応答速度に対して十分に速く、リアルタイムに応答するホログラフィックムービーは、三次元ディスプレイ実現に向けて様々な分野での波及効果が期待される。




高速フォトクロミック材料を使ったリアルタイムホログラフィー

Yoichi Kobayashi and Jiro Abe
Real-time dynamic hologram of a 3D object with fast photochromic molecules
Adv. Optical Mater., 2016, 4(9), 1354-1357.

 フォトクロミック分子は光照射によって色が変化し、光または熱によって元の状態へと戻る。しかし、光照射により発色する従来のフォトクロミズムでは、生成した着色体が物質表面で励起光を吸収ため物体内部まで励起光が届かず、物体内部における変換率が低いという問題がある。一方、逆フォトクロミズムでは始状態が着色状態であり、光照射により無色へ変化するため、物体の内部に存在している分子まで光が届き反応が進行するという特徴を有する。そこで本研究では、逆フォトクロミズムを示すナフタレン架橋型フェノキシルーイミダゾリルラジカル複合体(Np-PIC)を合成し、その逆フォトクロミック特性について検討した。Np-PICは紫外光照射によりUVA領域の吸収帯が消失する逆フォトクロミズムを示し、室温で半減期 499ミリ秒で元に戻る高速逆フォトクロミズムを示した。さらに、フェノキシル部位をナフトキシル部位に変えることでキラリティを有し、高速逆フォトクロミズムに伴うキラルスイッチングが可能であることを見出した。



Katsuya Mutoh, Yoichi Kobayashi, Yasukazu Hirao, Takashi Kubo and Jiro Abe
Stealth fast photoswitching of negative photochromic naphthalene-bridged phenoxyl-imidazolyl radical complexes
Chem. Commun., 2016, 52(41), 6797-6800.

 一般的に、高励起電子状態は Kasha則により迅速に無輻射過程により失活して最低励起状態へと緩和するため、高いエネルギーの光を物質が吸収したとしても、そのエネルギーを活用できない。しかし、本研究で合成した亜鉛ポリフィリンを導入した架橋型イミダゾール二量体では、ポルフィリン部位の高励起状態からイミダゾール二量体部位へと電子移動が起こり、フォトクロミック反応を誘起することが明らかになった。ポルフィリン部位の高励起状態はフォトクロミック反応の感度のない可視光の段階的二光子吸収過程によって生成できるため、光強度によってフォトクロミック反応を制御できる。複数発色団間の高励起状態での電子移動過程はこれまでに例が非常に少なく、Kasha則を超えた新しい高次複合光応答を示す例といえる。



Yoichi Kobayashi, Tetsuro Katayama, Takuya Yamane, Kenji Setoura, Syoji Ito, Hiroshi Miyasaka and Jiro Abe
Stepwise two-photon induced fast photoswitching via electron transfer in higher excited states of photochromic imidazole dimer
J. Am. Chem. Soc., 2016, 138(18), 5930-5938.

 チオフェン骨格を有するフェノキシル-イミダゾリルラジカル複合体(PIC)は、秒スケールの熱消色反応を示すため、紫外光照射により高い発色濃度を得ることができる。一方で、消色体は紫外光領域にしか吸収帯を持たないため、可視光に感度を持つ化合物の開発が望まれていた。本研究では、チオフェン環の5位にフェニル基を導入したPIC誘導体を開発することで、可視光に応答する高感度化PIC誘導体の開発に成功した。





Takahiro Ikezawa, Katsuya Mutoh, Yoichi Kobayashi and Jiro Abe
Thiophene-substituted phenoxyl-imidazolyl radical complexes with high photosensitivity
Chem. Commun., 2016, 52(12), 2465-2468.
この論文はフロントカバーに選定されました。

 ビナフチル架橋型フェノキシル―イミダゾリルラジカル複合体(BN-PIC)を開発することで、これまでは困難と考えられてきた高速逆フォトクロミズムの実現に成功した。1,1’-ビナフチルの2位と2'位にジフェニルイミダゾリルラジカルとフェノキシルラジカルを導入したビナフチル架橋型フェノキシル-イミダゾリルラジカル複合体(BN-PIC)は、前駆体の酸化反応により特異な構造を有する発色体として得られる。発色体の溶液は可視光照射により黄色から無色に変化し、この無色体の構造は単結晶X線構造解析によりシクロヘキサジエノン部位の4位とイミダゾール環の2位が結合した構造異性体であることが明らかになった。この無色体はベンゼン中40 °Cで熱的に元の発色体に半減期10.9分で戻る。一方、イミダゾリル部位にフェナントレン部位を導入したBN-PIC2では無色体の半減期が室温で1.9秒と大幅な高速化を実現することに成功した。




BN-PIC2の逆フォトクロミック反応(可視光照射 ベンゼン溶液 25℃)

Tetsuo Yamaguchi, Yoichi Kobayashi and Jiro Abe
Fast negative photochromism of 1,1’-binaphthyl-bridged phenoxyl-imidazolyl radical complex
J. Am. Chem. Soc., 2016, 138(3), 906-913.

 複数の光子を吸収することにより生じる多光子吸収過程は、光子の有効活用に関する基礎研究だけでなく、二光子吸収顕微鏡や太陽電池のバックパネルなど様々な応用展開があり、近年盛んに研究がされている。特に、三重項状態や希土類金属の電子状態などの長寿命励起状態を用いた蛍光アップコンバージョンは、パルスレーザーなどではなく安価な連続光によっても誘起できるため、新しい段階的な二光子吸収過程として注目されている。本研究では、[2.2]PC架橋型イミダゾール二量体の高速フォトクロミズムとビラジカル—キノイド互変異性の二つの特性に着目し、効率的に段階的二光子反応が進行する新たな分子系の開発を行った。本研究で開発した化合物は、2つのイミダゾール二量体部位が[2.2]パラシクロファンで架橋された構造をしており、1光子反応により一つのC–N結合が解離してビラジカルを生じ、ビラジカルがさらに光を吸収するともう一つのC–N結合が解離してキノイド種を生成する。ビラジカル種とキノイド種は色、消色時間などの物性が全く異なり、この二光子過程はLEDなどの連続光によっても誘起できるほど高効率であることがわかった。フォトクロミック反応により繰り返し生成する過渡種を長寿命の励起状態と同等として捉え、多光子過程へと応用した本研究の発想の転換は、これまで別々に発展してきた非線形光学過程と有機反応過程とを結び付ける可能性を持っており、今後フォトクロミズムを活用した新しい高効率多光子反応過程の発展が期待される。



Katsuya Mutoh, Yuki Nakagawa, Akira Sakamoto, Yoichi Kobayashi and Jiro Abe

Stepwise two-photon-gated photochemical reaction in photochromic [2.2]paracyclophane-bridged bis(imidazole dimer)
J. Am. Chem. Soc., 2015, 137(17), 5674-5677.

 ベンゼン環のオルト位にフェノキシルラジカルとイミダゾリルラジカルを導入したビラジカルが、分子内ラジカル結合により高速フォトクロミズムを示すフェノキシル-イミダゾリルラジカル複合体(PIC)を生成することを見いだした。異なる種類のラジカル同士で分子内結合したラジカル複合体の例もほとんど報告例がないが、このようなラジカル複合体がラジカル解離型フォトクロミズムを示す初めての例である。PICは様々な分子修飾が容易であり、消色反応に相当する熱戻り反応速度を自在に制御できること、および優れた繰り返し耐久性を有することから、高性能光スイッチ分子として、調光材料、実時間ホログラム材料、セキュリティインク材料、分子マシン材料などのさまざまな用途に応じた利用が期待できる。



Hiroaki Yamashita, Takahiro Ikezawa, Yoichi Kobayashi and Jiro Abe

Photochromic phenoxyl-imidazolyl radical complexes with decoloration rates from tens of nanoseconds to seconds
J. Am. Chem. Soc., 2015, 137(15), 4952-4955.

 圧力やマトリックス等の外部環境のフォトクロミズムへの影響を理解することは、フォトクロミック反応における構造変化に関する知見を得るという観点のみならず、材料・産業分野への応用に向けて重要である。本研究では、近年報告された[2.2]パラシクロファン架橋型イミダゾール二量体のイミダゾール環を反転した誘導体(head-to-head: HH, head-to-tail: HT, and tail-to-tail: TT)における熱消色反応の圧力、及びポリマーマトリックス依存性を明らかにした。全ての化合物において過渡吸収スペクトルの形状変化は圧力にあまり依存しない一方で、イミダゾール環が反転した化合物ほど高圧下では熱消色時間が高速化することがわかった。さらに、それぞれの化合物のポリマーマトリックス中におけるフォトクロミック特性を検討することにより、フォトクロミック反応に伴う構造変化(活性化体積)が大きいほど外部環境の影響を強く受けることが実験的に明らかになった。



Kentaro Shima, Katsuya Mutoh, Yoichi Kobayashi and Jiro Abe

Relationship between activation volume and polymer matrix effects on photochromic performance: Bridging molecular parameter to environmental effect
J. Phys. Chem. A, 2015, 119(7), 1087-1093.

 ナフトピランは優れた繰り返し耐久性を有するT型フォトクロミック化合物であり、調光サングラスに利用されているが、発色状態から消色するまでに数分程度を要すること、および長寿命な発色体であるtransoid-trans異性体が生成することが改善すべき課題となっていた。われわれは、3H-ナフトピランの2位の炭素原子にハロゲン基やアリール基を導入することで、消色速度の劇的高速化とtransoid-trans異性体の生成を抑制できることを見いだした。2位の炭素原子にピレニル基を導入した化合物では、発色体の室温における半減期は46マイクロ秒であった。本研究の手法は従来のナフトピランにそのまま適応できるだけでなく、簡便、高収率、高い耐久性をもつフォトクロミック材料を開発において重要な知見であり、今後の産業分野における発展が期待される。



Katsutoshi Arai, Yoichi Kobayashi and Jiro Abe

Rational molecular design for drastic acceleration of color-fading speed of photochromic naphthopyrans
Chem. Commun., 2015, 51, 3057-3060.
この論文はアウトサイド・バックカバーに選定されました。

 ビフェニル架橋型イミダゾール二量体のピコ秒およびナノ秒過渡吸収スペクトルを測定することで、この化合物が極めて高速なフォトクロミズムを示すことを明らかにした。ビフェニル架橋型イミダゾール二量体に紫外光のフェムト秒パルスを照射すると、1ピコ秒以内に発色体であるビラジカルを生成する。このビラジカルは室温で100ナノ秒の半減期を持ち、従来知られているフォトクロミックイミダゾール二量体から生成するビラジカルとしては最も短寿命であることが明らかになった。このように、ビフェニル架橋型イミダゾール二量体はサブマイクロ秒の時間領域での光スイッチ分子として機能することが示された。



Tetsuo Yamaguchi, Michiel F. Hilbers, Paul P. Reinders, Yoichi Kobayashi, Albert M. Brouwer and Jiro Abe

Nanosecond photochromic molecular switching of a biphenyl-bridged imidazole dimer revealed by wide range transient absorption spectroscopy
Chem. Commun., 2015, 51, 1375-1378.

 架橋型イミダゾール二量体は、調光材料、実時間ホログラムや光駆動分子マシンへの応用が期待される高速フォトクロミック分子である。これまでに架橋型イミダゾール二量体のフォトクロミック特性について、発色体の色調変化、熱消色速度の制御や架橋基効果が主に研究されているが、フォトクロミズムに伴う分子構造変化に関して定量的な検討は行われていない。そこで本研究では架橋基の異なるイミダゾール二量体のフォトクロミック特性の圧力効果をそれぞれ検討することで、熱消色反応における活性化エントロピーの値が構造変化の大きさを推測する効果的な指標となることを見出した。さらに、発色体におけるラジカル間相互作用が圧力を加えることで制御可能であることを明らかにした。これらの知見は架橋型イミダゾール二量体を利用した光駆動分子マシンや、圧力に対して色調を変化させる新奇フォトクロミック化合物の開発につながることが期待される。



Katsuya Mutoh and Jiro Abe

Pressure effects on the radical-radical recombination reaction of photochromic bridged imidazole dimers
Phys. Chem. Chem. Phys., 2014, 16, 17537-17540.

 ヘキサアリールビイミダゾール(HABI)が発見されてから半世紀以上の時を経て、ベンゼン環が一つ少ないペンタアリールビイミダゾール(PABI)の合成に成功した。これまでのイミダゾール二量体は、2つのイミダゾール環と6つのアリール環が基本骨格となるとされてきたが、今回、2つのイミダゾール環と5つのアリール環を基本骨格とするPABIの合成に成功し、室温ベンゼン中での発色体の半減期が2マイクロ秒という高速フォトクロミズムを示すことを見いだした。PABIは容易に合成ができ、イミダゾール環の2位に結合しているアリール環に官能基を導入することが容易であるため、今後、様々な分野で高速光スイッチ分子として利用されることが期待される。




Hiroaki Yamashita and Jiro Abe
Pentaarylbiimidazole, PABI: an easily synthesized fast photochromic molecule with superior durability
Chem. Commun., 2014, 50, 8468-8471.
この論文はインサイド・フロントカバーに選定されました。

 イミダゾール二量体はラジカル解離型フォトクロミズムを示し、発色体としてイミダゾリルラジカルを生成する。われわれは、イミダゾール二量体のフォトクロミズムの熱消色反応の高速化を目的として、二つのイミダゾール環をナフタレン骨格、[2.2]パラシクロファン骨格で架橋した架橋型イミダゾール二量体を開発してきた。本研究では、イミダゾール環の2位のフェニル基をキラルな1,1’-ビナフトールで架橋したキラルBINOL架橋型イミダゾール二量体を開発し、そのフォトクロミック特性について検討した。ナノ秒レーザーフォトリシス測定により、キラルBINOL架橋型イミダゾール二量体の発色体は、室温で半減期100マイクロ秒という高速熱消色反応を示すことがわかった。さらに、エナンチオマーはフォトクロミック反応を繰り返しても光ラセミ化を起こさず、優れた繰り返し耐久性を備えていることが示された。この化合物は合成出発物質のキラルを保持しながら合成できるだけでなく、合成手法が簡便であることから、高速キラルスイッチ分子としての応用展開が期待される。



Takahiro Iwasaki, Tetsuya Kato, Yoichi Kobayashi and Jiro Abe
A chiral BINOL-bridged imidazole dimer possessing sub-millisecond fast photochromism
Chem. Commun., 2014, 50, 7481-7484.

 [2.2]パラシクロファン架橋型イミダゾール二量体のフォトクロミック特性(色、消色速度、感度)を用途に応じて適切にコントロールするためには、電子状態の系統的理解が必須になる。特に発色感度については分子デザインにおいてHOMO、LUMO準位を知ることが重要であるが、[2.2]パラシクロファン架橋型イミダゾール二量体のHOMO、LUMOを分光学的に求めることは困難である。そこで本研究では、電子ドナーとしてメトキシ基、電子アクセプターとしてニトロ基をイミダゾール環の4、5位に導入した種々の誘導体を合成し、電気化学と量子化学計算を組み合わせることで電子状態を解明することを目的とした。量子化学計算よりHOMO、LUMOがそれぞれ一方のイミダゾール環のみに局在すること、また電気化学測定よりHOMO、LUMOに対応するイミダゾール環側に置換基を導入することでHOMO、LUMO準位が変化することが明らかになった。実測値と計算より求めたエネルギー準位は良い相関を示しており、適切な増感剤の選択、設計が実際に合成することなく簡便な計算のみで予測できることを示した。これらの結果は可視光応答型の高速フォトクロミック分子を開発する上で重要な知見になると考えられる。



Emi Nakano, Katsuya Mutoh, Yoichi Kobayashi and Jiro Abe
Electrochemistry of photochromic [2.2]paracyclophane-bridged imidazole dimers: Rational understanding of the electronic structures
J. Phys. Chem. A, 2014, 118(12), 2288-2297.

 これまでのパラシクロファン型イミダゾール二量体の二つのイミダゾール環を逆に配置することにより、1)発色体の吸収スペクトルの先鋭化、2)置換基効果の大幅な増大、3)高い耐久性、4)ミリ秒単位の高速フォトクロミズム、のすべてを達成した高機能高速フォトクロミック分子を合成することに成功した。この分子の誘導体は合成が比較的簡便、又は市販されているアルデヒド誘導体を用いて合成が可能であり、従来のジケトン誘導体を用いた合成と比べて格段に汎用性が高くなった。消色体、発色体のスペクトル変調が容易になったことにより、実時間フルカラーホログラムや高セキュリティ材料、また生物分野に適した可視光応答分子などへの応用展開が可能となる。

Kentaro Shima, Katsuya Mutoh, Yoichi Kobayashi and Jiro Abe
Enhancing the versatility and functionality of fast photochromic bridged-imidazole dimers by flipping imidazole rings
J. Am. Chem. Soc., 2014, 136(10), 3796-3799.

 従来のHABI誘導体は、紫外光照射により消色体から不安定な発色体へと光異性化し、光照射を停止すると熱消色反応が進行して速やかに元の安定な消色体に戻る。しかし、新たに合成した1-フェニルナフタレン架橋型イミダゾール二量体では、室温で安定な3種類の無色の構造異性体と、発色体としては室温で安定な1種類の構造異性体、不安定な1種類のビラジカルの全部で5種類の構造異性体を有することを見いだした。一方、70 ℃の高温条件下では、無色の2,2'-異性体は熱的に不安定発色体であるビラジカルを生成するが、このビラジカルのラジカル再結合反応で生成した安定発色体を経て、2種類の無色の1,2'-異性体に熱転移反応を起こす。この熱力学的に安定な1,2'-異性体に紫外光照射を行うことで、ビラジカルを経由して元の無色の2,2'-異性体に戻すことができる。このように、1-フェニルナフタレン架橋型イミダゾール二量体は極めて珍しいフォトクロミズムを示すことがわかった。



Tetsuo Yamaguchi, Sayaka Hatano and Jiro Abe
Multistate photochromism of 1-phenylnaphthalene-bridged imidazole dimer that has three colorless isomers and two colored isomers
J. Phys. Chem. A, 2014, 118(1), 134-143.

 これまでに当研究室で開発してきた架橋型イミダゾール二量体では、イミダゾールの相対的な空間配置はsyn配置しかとれないような分子構造であったが、今回は強制的にanti配置しかとれない分子を設計した。興味深いことに、消色体であるイミダゾール二量体の結合様式は、syn配置で見られた1,2-結合ではなく、1,4-結合であった。非架橋型のイミダゾール二量体では、イミダゾール環同士の結合様式に関して様々な組み合わせがあるが、1,4-結合のイミダゾール二量体の分子構造を単結晶X線構造解析によって初めて明らかにすることに成功した。一方で、発色体から消色体へのラジカル再結合反応の反応速度に関してはsyn配置とanti配置に有意な差は見られなかった。しかし、発色体の吸収スペクトルは両者で異なり、上下で相互作用するイミダゾールラジカルの空間配置の違いが吸収スペクトルに反映されることが実証された。これは、ラジカルのSOMO間の共鳴積分の違いに起因しているものである。この研究成果により、架橋型イミダゾール二量体の発色体の色調コントロールに関して重要な指針が得られた。グラフィカル・アブストラクトは、イミダゾール環の相対配置が一目瞭然でわかるように工夫したものである。

Katsuya Mutoh, Kentaro Shima, Tetsuo Yamaguchi, Masayuki Kobayashi and Jiro Abe
Photochromism of a naphthalene-bridged imidazole dimer constrained to the “anti” conformation
Org. Lett., 2013, 15(12), 2938-2941.

この論文はSYNFACTSで紹介されました。
SYNFACTS, 2013, 9(9), 0957. Contributors: Timothy M. Swager, Gregory D. Gutierrez

 実用的なリアルタイムホログラム材料を開発するためには、高効率なフォトクロミック反応が実現するホストポリマーの選択が重要な課題となっている。汎用的なポリマーであるPMMAに可塑剤を添加することでガラス転移点を下げることが、高速フォトクロミック分子である[2.2]パラシクロファン架橋型イミダゾール二量体の発色反応効率の向上に極めて有効であることを明らかにした。新たに開発した高速フォトクロミックポリマーフィルムを用いてリアルタイムホログラム実験を行ったところ、発色濃度と回折効率に強い相関が確認され、可塑剤濃度を最適化することで実用的なリアルタイムホログラム材料の開発に成功した。


高速フォトクロミックフィルム上に再生されたリアルタイムホログラフィー

Norihito Ishii and Jiro Abe
Fast photochromism in polymer matrix with plasticizer and real-time dynamic holographic properties
Appl. Phys. Lett, 2013, 102, 163301.

 高速フォトクロミック分子である[2.2]paracyclophane([2.2]PC)架橋型イミダゾール二量体を用いた蛍光プローブを開発した。[2.2]PC架橋型イミダゾール二量体に蛍光色素としてフルオレセインを導入した化合物は、消色体への紫外光照射により発色体であるラジカル種を生成し、照射を止めると数十ミリ秒以内にもとの消色体へと戻る。消色体では可視光領域に吸収帯が存在しないが発色体では吸収帯を有するため、発色体においてのみ蛍光色素からの共鳴エネルギー移動(FRET)が起こり、励起状態が熱的に失活し蛍光は消光される。また、フルオレセインが増感色素として働くことで消色体は可視光照射により発色体を生成するため、単一波長の光照射で蛍光のON、OFFスイッチが可能という特徴を有する。


Katsuya Mutoh, Michel Sliwa and Jiro Abe
Rapid fluorescence switching by using a fast photochromic [2.2]paracyclophane-bridged imidazole dimer
J. Phys. Chem. C, 2013, 117(9), 4808-4814.

 従来のHABI誘導体は、紫外光照射により消色体から発色体へと光異性化し、光照射を停止すると熱消色反応が進行して速やかに元の消色体に戻る。しかし、今回新たに合成した1,1’-ビナフチル架橋型イミダゾール二量体では、従来のHABI誘導体とは異なり、発色体に紫外光または可視光を照射すると溶液の色は赤オレンジ色から無色へと徐々に消色する逆フォトクロミズムを示す。消色体は不安定であるため、光照射を止めると、数十分かけて熱的に元の安定な赤オレンジ色の発色体に戻る。また、発色体、消色体に光照射することで室温での半減期が9.4マイクロ秒のビラジカルを生成することがわかった。すなわち、逆フォトクロミズムは短寿命ビラジカルを経由して進行する極めて珍しい系であることが明らかになった。




ポリマードープフィルムの逆フォトクロミズム(50℃)

Sayaka Hatano, Takeru Horino, Atsuhiro Tokita, Toyoji Oshima and Jiro Abe
Unusual negative photochromism via a short-lived imidazolyl radical of 1,1'-binaphthyl-bridged imidazole dimer
J. Am. Chem. Soc., 2013, 135(8), 3164-3172.

この論文はSYNFACTSで紹介されました。
SYNFACTS, 2013, 9(5), 0500. Contributors: Timothy M. Swager, Jisun Im

 ホログラフィーは立体物に反射して目に入る時の光を忠実に再現し、自然な立体像を作り出せるため、眼に優しい究極の3D画像といわれている。ホログラフィーは、二つの光を組み合わせることによってできる干渉縞として物体の三次元情報を媒体に記録する。干渉縞を記録した媒体をホログラムと呼び、ホログラムに光を当てると物体の3D画像が浮かび上がる。従来の静止画のホログラフィーは展示やアート作品に、また複写機では複製できないことを利用して、クレジットカードや紙幣、商品券の偽造防止などに使われている。リアルタイムで干渉縞を記録・再生できるホログラム材料が開発されれば、3D画像の動画を再生できる3Dテレビの開発が実現するため、新しいホログラム材料の開発が求められてきた。われわれは、高速フォトクロミズムを示す[2.2]パラシクロファン架橋型イミダゾール二量体誘導体をアクリル系ポリマーにドープした高速フォトクロミックポリマーを開発し、このポリマーをホログラム材料とする2次元動画像のリアルタイム・ホログラム投影に世界で初めて成功した。このようなリアルタイム・ホログラム材料を応用することで、映画スター・ウォーズのR2-D2が映し出したレイア姫の3D映像が夢物語ではなくなり、SFファンタジーの実現に向けた応用開発が期待される。(プレス・リリース資料


リアルタイムホログラムの動画

Norihito Ishii, Tetsuya Kato and Jiro Abe
A real-time dynamic holographic material using a fast photochromic molecule
Sci. Rep., 2012, 2, 819.

 高速フォトクロミズムを示す[2.2]パラシクロファン架橋型イミダゾール二量体の分光電気化学を行い、イミダゾール二量体の一電子還元により生成したラジカルアニオンが速やかに中性イミダゾリルラジカルとイミダゾールアニオンに解離することを明らかにした。これまでに非架橋型イミダゾール二量体に関して電気化学特性が報告されていたが、本研究では架橋型イミダゾール二量体の分光電気化学を行うことで、イミダゾール二量体の酸化還元特性を初めて実験的に明らかにした。


Katsuya Mutoh, Emi Nakano and Jiro Abe
Spectroelectrochemistry of a photochromic [2.2]paracyclophane-bridged imidazole dimer: Clarification of the electrochemical behavior of HABI
J. Phys. Chem. A, 2012, 116(25), 6792-6797.

 2,4,5-トリフェニルイミダゾール(TPI)2分子をナフタレン骨格の1位と8位で結合させた、ナフタレン架橋型イミダゾール二量体である1,8-bisTPI-naphthaleneは、光照射によって生成するイミダゾリルラジカルの系中への散逸を抑制することによって、熱消色反応の高速化に成功した初めての分子である。この1,8-bisTPI-naphthaleneは、室温程度の温度でも分子内のC-N結合が均等開裂して極微量のイミダゾリルラジカルが生成され、さらに、系中の酸素と反応して、酸素付加体を形成することがわかった。これまでに、HABI誘導体に関しては様々な研究が推進されてきたが、酸素との反応により生成した酸素付加体を直接観測したという報告はなく、HABI誘導体と酸素が反応してフォトクロミズムを示さない生成物を与えることを初めて実験的に証明した。

Sayaka Hatano and Jiro Abe
A peroxide-bridged imidazole dimer formed from a photochromic naphthalene-bridged imidazole dimer  

Phys. Chem. Chem. Phys., 2012, 14, 5855-5860.

  • ピレニル基を導入した[2.2]パラシクロファン架橋型イミダゾール二量体のフォトクロミズム

 フォトクロミック反応の高感度化を目的として、ピレニル基を導入した高速フォトクロミック分子を設計した。HABI誘導体はS1状態からC-N結合が解裂することが明らかとなっているが、新たに合成した化合物ではピレニル基の局在励起状態からS1状態へ内部転換することにより長波長の光でC-N結合が解裂することが示された。すなわち、ピレニル基の導入により消色体の吸収端は400nm程度まで長波長化して、フォトクロミック反応の感度が大幅に向上させることに成功した。

Hiroaki Yamashita and Jiro Abe
Photochromic properties of [2.2]paracyclophane-bridged imidazole dimer with increased photosensitivity by introducing pyrenyl moiety
J. Phys. Chem. A, 2011, 115(46), 13332-13337.

  • キラル高速フォトクロミック化合物から生成する光誘起キラルラジカル対

 1,8-NDPI-TPI-naphthalene は可視光領域に異なる吸収帯を持つ2 種のローフィルラジカル誘導体を結合させることで、その吸収スペクトルの重ね合わせにより紫外光照射時に可視光全体を吸収するよう設計されている。また、この化合物は分子内にビナフチル構造に由来する軸不斉をもつ。消色体のCDスペクトルには400nmよりも短波長側に1,1’-ビナフチル骨格に由来するコットン効果が観測された。一方で、発色体のCDスペクトルでは、ラジカルの吸収が存在する可視光領域にコットン効果を示していることから、発色体のスペクトルに見られるコットン効果は、ラジカル間の励起子相互作用に由来することが示唆された。つまり、軸不斉を有する1,1’-ビナフチル骨格のキラリティーが、紫外光照射によって生成する分子内の2つの発色団であるラジカル間の空間を介しての励起子相互作用を誘起していることが明らかになった。このように、ナフタレン架橋型イミダゾール二量体は、フォトクロミック特性を利用することで、安定な光誘起キラルラジカル対を繰り返し生成する初めての系である。


Sayaka Hatano, Kana Fujita, Nobuyuki Tamaoki, Takashi Kaneko, Takuya Nakashima, Masanobu Naito, Tsuyoshi Kawai and Jiro Abe
Reversible photogeneration of a stable chiral radical-pair from a fast photochromic molecule
J. Phys. Chem. Lett., 2011, 2(21), 2680-2682.

  • 高速フォトクロミックベシクルのフォトクロミック特性

 [2.2] パラシクロファン架橋型イミダゾール二量体の水中での応用展開を目指し、親水基、疎水基を導入した両親媒性誘導体を合成することで水中での超分子集合体形成およびフォトクロミック特性を検討した。新たに合成した両親媒性誘導体は水中においても高速フォトクロミック特性を維持することがわかった。また、Cryo-TEM測定により、この化合物は水中において球状ベシクルやオリゴラメラベシクルを形成していることが確認された。ベシクルの発色体は溶液中と同様に一次反応の速度式に従って減衰した。これは、ベシクル中の分子環境が均一であることを示唆している。


Katsuya Mutoh and Jiro Abe
Photochromism of a water-soluble vesicular [2.2]paracyclophane-bridged imidazole dimer
Chem. Commun., 2011, 47(31), 8868-8870.

  • [2.2]パラシクロファン架橋型イミダゾール二量体の熱消色反応に及ぼす立体効果

 嵩高い置換基を導入した[2.2]パラシクロファン架橋型イミダゾール二量体を合成し、フォトクロミズムに及ぼす立体効果について熱力学的な観点から検討した。嵩高い置換基の導入により熱消色反応の活性化エントロピーは大きく減少し、熱消色反応速度は減少することがわかった。この結果より、[2.2]パラシクロファン架橋型イミダゾール二量体は、反応エントロピーを立体効果により制御することで、熱消色反応速度を調節できる系であることが示された。

Shigekazu Kawai, Tetsuo Yamaguchi, Tetsuya Kato, Sayaka Hatano and Jiro Abe
Entropy-controlled thermal back-reaction of photochromic [2.2]paracyclophane-bridged imidazole dimer
Dyes Pigm., 2012, 92(2), 872-876.

  • 高感度[2.2]パラシクロファン架橋型イミダゾール二量体の分子設計指針の確立

 [2.2]パラシクロファン架橋型イミダゾール二量体は、ビスホルミル[2.2]パラシクロファンと酢酸アンモニウム、ベンジル誘導体との反応によるイミダゾール環形成反応、塩基性条件下におけるフェリシアン化カリウムによるイミダゾール環の酸化反応により合成される。合成プロセスは比較的容易であり、ベンジル誘導体の組み合わせを変えるだけで、多様な誘導体を高い収率で合成できるという特徴を有している。また、二つのイミダゾール環の構造的かつ電子的な非対称性が重要な特徴となっている。ドナー性置換基としてメトキシ基を導入した誘導体を合成し、そのフォトクロミック特性について検討を行った。ビスホルミル[2.2]パラシクロファンと無置換のベンジル、および各々のベンゼン環に二つのメトキシ基を導入したベンジル誘導体を逐次的に反応させることにより、非対称な[2.2]パラシクロファン架橋型イミダゾール二量体を合成した。合成過程では、メトキシ基が導入されたベンゼン環を有するイミダゾール環が4π電子系(Im1)になっているメトキシ誘導体(pseudogem-DPI-TMDPI[2.2]PC)と、6π電子系(Im2)になっているメトキシ誘導体(pseudogem-TMDPI-DPI[2.2]PC)の混合物として得られるが、それらはシリカゲルカラムクロマトグラフィーで分離精製することができる。pseudogem-DPI-TMDPI[2.2]PCの紫外可視吸収スペクトルにはドナー性置換基のメトキシ基からπ電子アクセプター性のIm1への分子内CT遷移に帰属できる吸収帯がUVA領域に見られるが、pseudogem-TMDPI-DPI[2.2]PCのスペクトルには、このような吸収帯が見られないことから、上述した分子設計指針の妥当性が証明された。この分子設計指針は高感度誘導体を開発する上で根幹となるものである。

Katsuya Mutoh and Jiro Abe
Comprehensive understanding of structure-photosensitivity relationships of photochromic [2.2]paracyclophane-bridged imidazole dimers
J. Phys. Chem. A., 2011, 115(18), 4650-4656.

  • 高感度[2.2]パラシクロファン架橋型イミダゾール二量体

 [2.2]パラシクロファン架橋型イミダゾール二量体はUVA領域に吸収帯を持たないため、太陽光の下では発色しないが、電子供与性置換基を導入することで出現する分子内電荷移動吸収帯がフォトクロミック反応の高感度化に有効であることを示した。電子供与性置換基としてメトキシ基を導入した誘導体pseudogem-bisTMDPI[2.2]PCは、300nmから400nmのUVA領域に強い分子内電荷吸収を持つため、太陽光の下でも発色することが確認された。この化合物は合成も容易であることから、関東化学株式会社より試薬販売されることになった






pseudogem-bisTMDPI[2.2]PCのポリマードープフィルムのフォトクロミズム(照射光波長:365nm)

Katsuya Mutoh, Sayaka Hatano and Jiro Abe
An efficient strategy for enhancing the photosensitivity of photochromic [2.2]paracyclophane-bridgedimidazole dimers
J. Photopolym. Sci. Technol., 2010, 23(3), 301-306.

  • [2.2]パラシクロファン-イミダゾール間結合を有する新規フォトクロミック化合物

 pseudogem-bisDPI[2.2]PCの片方のイミダゾール環にメチル基を導入したモノラジカルpseudogem-DPIM-DPIR[2.2]PCは、従来のイミダゾリルラジカルとは異なる特異的な反応を起こし、非常に興味深い構造であるイミダゾール二量体(pseudogem-DPIM-DPI[2.2]PC dimer)を形成することを発見した。従来のHABI誘導体および架橋型イミダゾール二量体は全て、2つのイミダゾール環の間でC-N結合やC-C結合を形成していたのに対し、pseudogem-DPIM-DPI[2.2]PC dimerはメチル基を有していないイミダゾール環の1位の窒素と架橋部位として導入した[2.2]パラシクロファン骨格上の炭素間で分子間C-N結合を形成し、テトラアザフルバレン構造を有していることがわかった。この特異な反応性は、これまでのイミダゾリルラジカルの反応性の概念を覆すものである。pseudogem-DPIM-DPI[2.2]PC dimerでは、2つのイミダゾール環の間にC-N結合を有する構造ではなく、片方のイミダゾール環の窒素と他の分子骨格の炭素間のC-N結合でも、フォトクロミズムを示すことを実証しており、これまでのHABI誘導体のフォトクロミズムには見られなかった特異なフォトクロミズムを見出した。

Sayaka Hatano, Ken Sakai and Jiro Abe
Unprecedented radical-radical reaction of a [2.2]paracyclophane derivative containing an imidazolyl radical moiety
Org. Lett., 2010, 12(18), 4152-4155.

  • 高速フォトクロミック特性を持つ水素結合型有機ゲル化剤の開発

 水素結合ユニットを有するシクロファン架橋型イミダゾール二量体を合成し、そのゲル化挙動とゲル状態におけるフォトクロミック特性を検討した。尿素部位を導入した誘導体は、シクロヘキサン中においてゲル化が進行し、FE-SEM観察より幅200nmの一次元状のファイバーが絡まりあった構造体を形成することが確認された。このゲルに対して紫外線を照射し、フォトクロミック挙動を導波路分光測定により検討した。その結果、発色体であるイミダゾリルラジカルの吸収スペクトルはベンゼン溶液中とほぼ同様であったのに対し、発色体の半減期は溶液中(243ms、298K)と比較して長くなっており(1.4s、室温)、ゲル化により再結合反応が低速化することが明らかになった。

Masahiro Takizawa, Atsushi Kimoto and Jiro Abe
Photochromic organogel based on [2.2]paracyclophane-bridged imidazole dimer with tetrapodal urea moieties
Dyes Pigm., 2011, 89(3), 254-259.

  • 側鎖型高速フォトクロミックポリマーの合成とフォトクロミック特性

 高速フォトクロミックポリマーの創出を目的とし、重合基部位を有するパラシクロファン架橋型イミダゾール二量体の合成と高分子化に成功し、そのフォトクロミック特性について検討した。本研究では一方のイミダゾール骨格に重合基を導入したモノマーを合成した。もう一方のイミダゾール骨格の置換基を変化させることで異なるフォトクロミック特性を示すモノマーが得られ、さらに重合後もこの置換基効果が維持される事を確認した。このようにパラシクロファン架橋型イミダゾール二量体は通常のフォトクロミック分子と異なり、二種類の発色団を有し、段階的合成法によってフォトクロミズム(発色、感度、発色体の寿命)の精密制御が可能であり、新たなフォトクロミック材料として期待できる。

Atsushi Kimoto, Atsuhiro Tokita, Takeru Horino, Toyoji Oshima and Jiro Abe
Fast photochromic polymers carrying [2.2]paracyclophane-bridged imidazole dimer
Macromolecules, 2010, 43(8), 3764-3769.

  • [2.2]パラシクロファン架橋型イミダゾール二量体の熱消色反応速度の高速化

 高速フォトクロミックHABIを応用展開するために不可欠な、熱消色反応速度制御について検討した。紫外光照射により生成するラジカル種の熱消色反応速度はマーカス理論に従い、ΔG0の増大に伴うΔGの減少により高速化すると考えられる。そこでラジカル種の不安定化により熱消色反応におけるΔG0を増大させるため、DPI(diphenylimidazole)ユニットとPI(phenanthroimidazole)ユニットを有するpseudogem-DPI-PI[2.2]PCを設計、合成しフォトクロミック特性について検討した。その結果、pseudogem-bisDPI[2.2]PCと比較して熱消色反応速度が1,000倍高速化し、マイクロ秒オーダーの熱消色反応を示すことが明らかとなった。また、活性化パラメーターを実験およびDFT計算により算出し、この大幅な高速化がマーカス理論に基づいて説明できることがわかった。この研究より、ラジカル種の安定性の制御が熱消色反応速度の制御に直接結び付くことが示された。

Yuka Harada, Sayaka Hatano, Atsushi Kimoto and Jiro Abe
Remarkable acceleration for back-reaction of a fast photochromic molecule
J. Phys. Chem. Lett., 20101(7), 1112-1115.

  • 高速発消色反応を示す[2.2]パラシクロファン架橋型イミダゾール二量体の創製

 架橋型イミダゾール二量体の熱消色反応速度のさらなる高速化を意図して合理的に設計した化合物が、TPIRの散逸を抑制する新たな架橋基として[2.2]パラシクロファン骨格を採用した[2.2]パラシクロファン架橋型イミダゾール二量体である。この化合物も、HABIやナフタレン架橋型イミダゾール二量体と同様に、二つのイミダゾール環同士はC-N結合により結合している。結晶、溶液中、ポリマー中の何れにおいても紫外光を照射すると無色から青色に発色し、光を遮ると瞬時に無色に戻る高速熱消色反応を示す。熱消色反応は一次の反応速度式に従い、室温ベンゼン溶液における発色体の半減期は33ミリ秒であり、ナフタレン架橋型イミダゾール二量体の発色体の半減期と比較して約22倍の高速化が達成された。発色体は350nmから1,000nmに至る可視光全域から近赤外光域に至る幅広い吸収帯を有する。[2.2]パラシクロファン架橋型イミダゾール二量体の特徴は、高い分子設計自由度に加えて、ほぼ1に近い大きな光反応量子収率と優れた繰り返し耐久性にある。これまでのT型フォトクロミック分子には見られない優れた高速熱消色特性を利用することで、新たな高速光スイッチの用途が期待される。





pseudogem-bisDPI[2.2]PCベンゼン溶液のフォトクロミズム(照射光波長:365nm)

Yuta Kishimoto and Jiro Abe
A fast photochromic molecule that colors only under UV light
J. Am. Chem. Soc.2009131(12), 4227-4229.

  • 高速発消色反応を示すナフタレン架橋型イミダゾール二量体の創製:Part 2

 ナフタレンの1位と8位にそれぞれ異なる種類の芳香環を導入することは、異なる電子状態を有する2種類のTPIRからなるイミダゾールヘテロ二量体の生成を意味する。従来のラジカル散逸型HABIでは、イミダゾールヘテロ二量体の光解離反応によって結合の組み換えが起こり、ホモ二量体との混合物になってしまうが、1-NDPI-8-TPI-naphthaleneではフォトクロミック反応を繰り返してもヘテロ二量体が維持されることになる。さらに、それぞれのラジカルが異なる波長領域の光を吸収するヘテロ二量体を構築することで、発色体の吸収帯をコントロールして様々な色の発色状態を実現することが可能となる。1-NDPIR-8-TPIR-naphthaleneの消色反応速度は、1,8-bisTPIR-naphthaleneと比較して大幅に増大し、室温トルエン溶液および室温ベンゼン溶液における着色体の半減期は、それぞれ260ミリ秒、179ミリ秒に短縮された。これは、1,8-bisTPIR-naphthaleneと比較して、1-NDPIR-8-TPIR-naphthaleneの構造的な自由度が小さいことに起因していると考えられる。





1-NDPI-8-TPI-naphthaleneベンゼン溶液のフォトクロミズム(照射光波長:365nm)

Kana Fujita, Sayaka Hatano, Daisuke Kato and Jiro Abe
Photochromism of a radical diffusion-inhibited hexaarylbiimidazole derivative with intense coloration and fast decoloration performance
Org. Lett., 2008, 10(14), 3105-3108.

この論文はSYNFACTSで紹介され、Synfacts of Monthに選定されました。
SYNFACTS, 2008, 10, 1044. Contributors: Timothy M. Swager, Rebecca R. Parkhurst

  • 高速発消色反応を示すナフタレン架橋型イミダゾール二量体の創製:Part 1

 TPIRの散逸を抑制し、高速熱消色反応を実現することを目的として、二つのイミダゾール環をナフタレン骨格で架橋したナフタレン架橋型イミダゾール二量体(1,8-bisTPI-naphthalene)を開発した。この分子は紫外光照射により無色から緑色に発色するフォトクロミズムを示す。単結晶X線構造解析によって得られた分子構造から従来のHABI誘導体と同様に、二つのイミダゾール環の間にはC-N結合が形成されていることが明らかになった。HABIの光反応により生成するTPIRは媒体中にフリーラジカルとして散逸し、半減期がラジカル濃度に依存する二次反応でラジカル二量化反応が進行するのに対して、ナフタレン架橋型イミダゾール二量体に紫外光を照射して生成する発色体のラジカル二量化反応は一次の反応速度式に従い、室温ベンゼン溶液における発色体の半減期は730ミリ秒と高速化した。このようなナフタレン架橋型イミダゾール二量体の溶液に室温で紫外線を照射すると、光が当たっている部分のみ発色し、光を遮ると速やかに消色する高速フォトクロミズムを観測することができる。その理由としては、高速フォトクロミック分子に要求される理想的な性質、すなわち大きな光反応量子収率と大きなモル吸光係数、および大きな消色反応速度の実現があげられる。紫外光吸収によって遷移する電子励起状態は前期解離型ポテンシャルで特徴付けられることより、ほぼ1に近い光反応量子収率を有するものと考えられる。さらに、発色体の半減期が数百ミリ秒という適度な速さであるために、光定常状態では適量の発色体が生成して鮮やかに発色することに加えて、光を遮ると瞬時に消色する理想的な高速フォトクロミズムを示す。このように高い発色濃度と高速な消色反応速度を併せ持つ高速フォトクロミック分子はこれまでに類を見ず、従来のT型フォトクロミック分子の概念を覆すものとなった。

Fumiyasu Iwahori, Sayaka Hatano and Jiro Abe
Rational design of a new class of diffusion-inhibited HABI with fast back-reaction
J. Phys. Org. Chem., 2007, 20(11), 857-863.


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