本文へスキップ

有機合成化学、量子化学計算、時間分解レーザー分光を基盤として、高機能性フォトクロミック分子や有機ラジカルの開発を目指した物理有機化学の研究を行っています。

Aoyama Gakuin University

Department of Chemistry
Functional Material Chemistry Laboratory

研究概要Research

基礎解説 ⇒ T型フォトクロミック分子 HABI 高速フォトクロミック分子 ビラジカル
論文概要 ⇒ HABI 高速フォトクロミック分子 ビラジカル

研究室の概要

 本研究室では電子状態理論を武器とした合理的分子設計手法に基づいた物質合成と物性解明を目的とした物性有機化学の研究を行っています。具体的には光機能を有するフォトクロミック分子やスピン機能を有する有機ラジカルなどの機能性分子の研究に取り組んでいます。研究手法としては量子化学、有機合成、光化学、電気化学を駆使し、基礎的な研究から、製品化を目指した真に実用的な研究まで行っています。物性研究で用いる主な手段は、量子化学計算、分光計測(ピコ・ナノ秒レーザー分光、紫外・可視・赤外吸収分光、円二色性分光、蛍光顕微鏡観察)、磁気特性測定(電子スピン共鳴分光)、単結晶X線構造解析、電気化学測定です。また、国内の大学や化学系企業はもとより、海外の研究機関との共同研究も精力的に推進しており、学生とともに積極的に海外の研究者との研究交流を図っています。研究室で開発した高速フォトクロミック分子の高機能化に関する研究提案は科学技術振興機構・戦略的創造研究推進事業(CREST)に採択され、2010年10月から2016年3月まで5年半にわたって、高速フォトクロミック分子のさらなる高性能化と新しい機能の開拓を目指して研究を推進しました。また、2014年7月からは文科省科研費新学術領域研究「高次複合光応答」に計画班メンバーとして参画して、実働分子マシンの開発研究に取り組みました。2018年度からは科研費基盤研究(S)に採択され、可視光あるいは近赤外光に応答する非線形応答型フォトクロミック分子の開発に取り組んでいます。


研究内容

 近年、フォトクロミズムを利用して物質の光学特性、電気特性、磁気特性、形状などを光によって可逆的に制御する研究が活発に進められている。フォトクロミズムとは「光の作用により単一の化学種が、分子量を変えることなく色の異なる二つの異性体を可逆的に生成する現象」をいう。異性体に特定の波長の光を照射すると、結合様式あるいは電子状態が変化し分子構造の異なる他方の異性体に変換し、その結果、吸収スペクトルが変化することで色が変わる。光生成した異性体は別の波長の光照射、あるいは熱的に元の分子構造の異性体に戻り、色も元に戻る。ジアリールエテンやフルギドのように異性体が熱的に安定なP型フォトクロミック分子では光を作用させない限り、室温下では長時間異性体の状態を保つことができるが、アゾベンゼン、スピロピラン、ヘキサアリールビイミダゾールのように異性体が熱的に不安定なT型フォトクロミック分子の場合には光を作用させなくても熱反応により異性体に戻る。今日のフォトクロミズム研究の隆盛は1952年のFischerとHirshbergによるスピロピラン類の研究に端を発している。
 室温程度の熱エネルギーで異性体から異性体に戻る
T型フォトクロミック分子は光照射のON、OFFだけで物質の透過率、屈折率、反射率、蛍光強度などをスイッチすることができるので、様々な用途に利用することができる。産業的に利用されているものとしては調光レンズが有名である。屋外の太陽光が強い環境では可視光を吸収する異性体に光異性化して可視光の透過率を下げることで、太陽光の眩しさを軽減し目の健康を守る眼鏡用レンズである。紫外線量の少ない屋内では、異性体に戻ることで速やかに退色して無色に近い状態になる。現在、製品として販売されている調光レンズでは、完全消色には数分から数十分の時間を要するが、熱消色反応のさらなる高速化に向けた研究が行われている。一方、T型フォトクロミック分子の熱消色反応速度をミリ秒からナノ秒程度にまで高速化することにより、その応用範囲は格段に広がる。例えば、全光型論理回路、超解像蛍光顕微鏡、実時間光情報処理などへの応用が期待できる。



フォトクロミズムに伴う吸収スペクトル変化と代表的なフォトクロミック分子


市販フォトクロミックレンズのフォトクロミズム(照射光波長:365nm)

※ T型フォトクロミック分子の基礎解説

  • ヘキサアリールビイミダゾール

 イミダゾール二量体であるヘキサアリールビイミダゾール(HABI)は1960年に、お茶の水女子大学の林太郎、前田候子らが化学発光の研究中に偶然発見した国産のフォトクロミック化合物であり、特異な光発色機能は当時、世界的に注目され多くの研究が行われた。HABIのフォトクロミズムは発色反応は二つのイミダゾール環を結ぶC-N結合の光解離によるTPIR(トリフェニルイミダゾリルラジカル)の生成反応であり、消色反応は発色反応により生成したTPIR間のラジカル再結合反応である。ラジカル再結合反応は熱反応であり、光照射により促進されることはなく熱反応によってのみ消色する典型的なT型フォトクロミック分子である。溶液中におけるTPIRからHABIへの戻り反応は、半減期が濃度に依存する二次反応に従う熱反応であることから、TPIRが消失して完全に消色するまでには数分の時間を要する。
 
不対電子を持つラジカルは通常、反応性が高いために生成するとすぐに他の化学種との間で反応を起こし安定な分子やイオンとなる。TPIRも同様である。例えばアルコールなどのプロトン供与性溶媒中では溶媒からのプロトン引き抜き反応によりTPIRはロフィンに還元されてしまう。また高分子マトリックス中でも、HABIの光照射により生成したTPIRはラジカル反応により徐々に失活してしまうために、光に応答して可逆的に色を変える調光材料には不向きとされていた。ところが、DuPont社はHABIの光ラジカル発生機能とTPIRのラジカル反応性を利用して、高感度光ラジカル重合開始剤として実用化に成功した。中でもDyluxはDuPont社が改良研究を重ねた末、製品化に成功した代表的な感光材料でありホログラムやフォトレジストに応用されている。
 われわれは、新たに合成したHABI誘導体の物性測定を行うことで、未だ明確にされていないHABIの特性を明らかにするための基礎研究を行っています。



HABIのフォトクロミズム

※ HABIの基礎解説

★ HABIの論文概要

  • 高速発消色フォトクロミック分子の開発

 従来のHABI誘導体では、フォトクロミック反応の発色体であるTPIRは媒体中に散逸することにより、ラジカル再結合反応である消色反応は比較的遅いものであったが、われわれは紫外光照射により生成した発色体が室温溶液状態において数百ミリ秒で完全消色する架橋型イミダゾール二量体を世界に先駆けて創出しました。この高速フォトクロミック分子の特徴は、従来のフォトクロミック分子には見られない高い発色効率と発色濃度、および高速熱消色特性を併せ持つことである。すなわち、光照射時にのみ発色し、光照射を停止すると速やかに消色する「高速フォトクロミズム」を示す。室温程度の熱エネルギーで異性体から異性体に戻るT型フォトクロミック分子は光照射のON、OFFだけで物質の透過率、屈折率、反射率[13]、蛍光強度などをスイッチすることができるので、様々な用途に利用することができる。産業的に利用されているものとしては調光レンズが有名である。屋外の太陽光が強い環境では可視光を吸収する異性体に光異性化して可視光の透過率を下げることで、太陽光の眩しさを軽減し目の健康を守る眼鏡用レンズである。紫外線量の少ない屋内では、異性体に戻ることで速やかに退色して無色に近い状態になる。現在、製品として販売されている調光レンズでは、完全消色には数分から数十分の時間を要するが、熱消色反応のさらなる高速化に向けた研究が行われている。一方、T型フォトクロミック分子の熱消色反応速度をミリ秒からナノ秒程度にまで高速化することにより、その応用範囲は格段に広がる。例えば、全光型論理回路、超解像蛍光顕微鏡、実時間光情報処理などへの応用が期待できる。
 われわれは、従来から知られているフォトクロミック分子では実現することが困難であった実用的高速調光材料、ホログラフィー方式3Dディスプレイに供する実時間ホログラム材料、光刺激で高速可逆変形する高速フォトメカニカル変換材料、光の偏光面・位相などを高速に制御する高速フォトニクス材料などを具体的なターゲットとする革新的フォトクロミック材料の研究を行っています。



架橋型イミダゾール二量体の概念


pseudogem-bisDPI[2.2]PCベンゼン溶液のフォトクロミズム(照射光波長:365nm)


※ 高速フォトクロミック分子の基礎解説

★ 高速フォトクロミック分子の論文概要

  • ビラジカルの化学

 有機化学においてラジカルとは「一個あるいは複数個の不対電子をもつ分子あるいは原子」として定義される。有機ラジカルは化学反応機構の解明や化学結合論の実証、理論的な興味といった点において科学者たちを魅了し、この100年間に多くの有機ラジカルが合成され、盛んに研究が行われてきている。また、化学結合形成過程および結合解離過程の中間体として重要であるラジカル対に関しても盛んに研究が行われている。一分子中に二個の不対電子を有するラジカルはビラジカルと呼ばれ、酸素分子はその代表的な例である。しかし、二つの非局在スピンがベンゼン環などのπ共役を介して同一分子内に導入されたπ共役ビラジカルでは、スピン間にthrough-bond相互作用による強い反強磁性的相互作用が働くことで化学結合を形成し、スピンが消失してしまう場合がある。近年、二つのスピン間に反強磁性的相互作用が働いているが、化学結合の形成にまでは至らない状態が安定に存在しうるか否かについて議論されている。このような状態は、開殻一重項ビラジカル状態と呼ばれ、閉殻一重項状態や三重項ビラジカル状態では見られない特異な物性の発現が期待できる。開殻一重項ビラジカル状態の議論は、古くはChichibabin's炭化水素の基底電子状態のビラジカル性に端を発しているが、現在に至るまで明快な結論は得られていない。Chichibabin's炭化水素は、偶数個の電子を持つにもかかわらず、高温領域においてラジカル種に特徴的な電子スピン共鳴(ESR)シグナルが観測される。他にも開殻一重項ビラジカル状態が基底状態と推定されている系として、いくつかの化合物が報告されているが、電子構造に関して未だ明確な結論は得られていない。
 HABIの発色体であるイミダゾリルラジカルは、不対電子がヘテロ環上に広く非局在化した比較的安定な非局在π共役ラジカルである。一方、分子内に二つのイミダゾリルラジカル部位を有するBDPI-2Yは、スピン間の多様な相互作用により特異な電子構造を有する。われわれは、これまでに密度汎関数計算、温度可変分光吸収測定、ESR測定、固体NMR測定、フェムト秒ポンプ‐プローブ分光測定を行い、基底状態付近にエネルギー準位が近接した開殻一重項ビラジカル状態と閉殻一重項キノイド状態が存在し、三重項ビラジカル状態がそれよりも高いエネルギー準位に存在していることを明らかにした。π電子が非局在化した一重項開殻ビラジカル状態の物性化学に関しては十分な研究がなされておらず、新たなパラダイムに差し掛かっているが、そのパラダイムシフトを実現するためには一重項開殻ビラジカル化合物に関する知見を集約し、新たな物性発現に向けた挑戦的研究を推進する必要がある。われわれは、開殻電子構造を持つ非局在一重項ビラジカルの物性解明と機能開拓を目指した研究に取り組んでいます。

当研究室で合成した開殻ビラジカル状態と閉殻キノイド状態の熱平衡として存在する化合物

※ ビラジカルの基礎解説

★ ビラジカルの論文概要

バナースペース