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有機合成化学、量子化学計算、時間分解レーザー分光を基盤として、高機能性フォトクロミック分子や有機ラジカルの開発を目指した物理有機化学の研究を行っています。

Aoyama Gakuin University

Department of Chemistry
Functional Material Chemistry Laboratory

基礎解説Accounts

基礎解説 ⇒ T型フォトクロミック分子 HABI 高速フォトクロミック分子 ビラジカル
論文概要 ⇒ HABI 高速フォトクロミック分子 ビラジカル

高速フォトクロミック分子の開発

  • 熱消色反応(ラジカル再結合反応)の高速化を目指した分子設計

 下図に示す分子内に二つのイミダゾリルラジカル部位を有するBDPI-2Yは、二つの不対電子を持つビラジカル構造と不対電子を持たないキノイド構造の熱平衡として存在している。室温ではビラジカル構造の寄与が小さいために、TPIRに見られるようなイミダゾリルラジカルの分子間ラジカル二量化反応は起こらない。



BDPI-2Yの熱平衡

 一方で、われわれはBDPI-2Yの中央のフェニル基の4つの水素原子をすべてフッ素に置換したtF-BDPI-2Yでは分子間ラジカル二量化反応によりtF-BDPI-2YDを生成することを見いだした。これはフッ素の導入によりビラジカル性が増大したことに起因しており、このことは密度汎関数法による電子状態計算や電子スピン共鳴からも支持された。tF-BDPI-2Yの二量体であるtF-BDPI-2YDでは、イミダゾール環同士はHABIと同様にC-N結合により結合し、1,2’-異性体の構造を有している。tF-BDPI-2YDの無色板状結晶をベンゼンに溶解させて紫外光を照射すると、溶液の色は瞬時に無色から青紫色に発色する。この溶液を暗所に一晩放置すると溶液の色は次第に薄くなり、やがては完全に無色に戻るフォトクロミズムを示す。



tF-BDPI-2YDのフォトクロミズム

 ここで仮想的な実験を考えてみる。上述したように、tF-BDPI-2YDに紫外光を照射すると、分子内の2カ所のC-N結合がラジカル解離して、2分子のtF-BDPI-2Yを生成するが、もし、1ヶ所のC-N結合のみを切断することができたとしたら、生成したラジカルは散逸することができずに、速やかにラジカル再結合反応を起こし、tF-BDPI-2YDに戻ることが予想できる。従来のHABI誘導体では、フォトクロミック反応の発色体であるTPIRは媒体中に散逸することにより、ラジカル再結合反応である消色反応は比較的遅いものであったが、ラジカルの散逸を抑えることで、高速消色反応を実現できるという着想に至った。




架橋型イミダゾール二量体の設計概念

  • ナフタレン架橋型イミダゾール二量体

 われわれは発色体であるTPIRの散逸を抑制し、高速熱消色反応を実現することを目的として、二つのイミダゾール環をナフタレン骨格で架橋したナフタレン架橋型イミダゾール二量体(1,8-bisTPI-naphthalene)を開発した。この分子は紫外光照射により無色から緑色に発色するフォトクロミズムを示す。単結晶X線構造解析によって得られた分子構造から従来のHABI誘導体と同様に、二つのイミダゾール環の間にはC-N結合が形成されていることが明らかになった。HABIの光反応により生成するTPIRは媒体中にフリーラジカルとして散逸し、半減期がラジカル濃度に依存する二次反応でラジカル二量化反応が進行するのに対して、ナフタレン架橋型イミダゾール二量体に紫外光を照射して生成する発色体のラジカル二量化反応は一次の反応速度式に従い、室温ベンゼン溶液における発色体の半減期は730ミリ秒と高速化した。このようなナフタレン架橋型イミダゾール二量体の溶液に室温で紫外線を照射すると、光が当たっている部分のみ発色し、光を遮ると速やかに消色する高速フォトクロミズムを観測することができる。その理由としては、高速フォトクロミック分子に要求される理想的な性質、すなわち大きな光反応量子収率と大きなモル吸光係数、および大きな消色反応速度の実現があげられる。紫外光吸収によって遷移する電子励起状態は前期解離型ポテンシャルで特徴付けられることより、ほぼ1に近い光反応量子収率を有するものと考えられる。さらに、発色体の半減期が数百ミリ秒という適度な速さであるために、光定常状態では適量の発色体が生成して鮮やかに発色することに加えて、光を遮ると瞬時に消色する理想的な高速フォトクロミズムを示す。このように高い発色濃度と高速な消色反応速度を併せ持つ高速フォトクロミック分子はこれまでに類を見ず、従来のT型フォトクロミック分子の概念を覆すものとなった。



ナフタレン架橋型イミダゾール二量体(1,8-bisTPI-naphthalene)のフォトクロミズム

 一方、ナフタレンの1位と8位にそれぞれ異なる種類の芳香環を導入することは、異なる電子状態を有する2種類のTPIRからなるイミダゾールヘテロ二量体の生成を意味する。従来のラジカル散逸型HABIでは、イミダゾールヘテロ二量体の光解離反応によって結合の組み換えが起こり、ホモ二量体との混合物になってしまうが、1-NDPI-8-TPI-naphthaleneではフォトクロミック反応を繰り返してもヘテロ二量体が維持されることになる。さらに、それぞれのラジカルが異なる波長領域の光を吸収するヘテロ二量体を構築することで、発色体の吸収帯をコントロールして様々な色の発色状態を実現することが可能となる。1-NDPIR-8-TPIR-naphthaleneの消色反応速度は、1,8-bisTPIR-naphthaleneと比較して大幅に増大し、室温トルエン溶液および室温ベンゼン溶液における着色体の半減期は、それぞれ260ミリ秒、179ミリ秒に短縮された。これは、1,8-bisTPIR-naphthaleneと比較して、1-NDPIR-8-TPIR-naphthaleneの構造的な自由度が小さいことに起因していると考えられる。

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ナフタレン架橋型イミダゾール二量体(1-NDPI-8-TPI-naphthalene)のフォトクロミズム

1-NDPI-8-TPI-naphthaleneベンゼン溶液のフォトクロミズム(照射光波長:365nm)


  • [2.2]パラシクロファン架橋型イミダゾール二量体

 フォトクロミック材料を実時間ホログラフィのような光学素子へ応用するためには熱消色反応が数百ミリ秒以内に完了することが好ましく、架橋型イミダゾール二量体の熱消色反応のさらなる高速化が望まれる。また、高速化だけではなく実用に供するためには高分子マトリクス中などの薄膜状態において可逆的かつ繰り返し耐久性を有することが要求される。架橋型イミダゾール二量体の熱消色反応速度のさらなる高速化を意図して合理的に設計した化合物が、TPIRの散逸を抑制する新たな架橋基として[2.2]パラシクロファン骨格を採用した[2.2]パラシクロファン架橋型イミダゾール二量体(pseudogem-bisDPI[2.2]PC)である。この化合物も、HABIやナフタレン架橋型イミダゾール二量体と同様に、二つのイミダゾール環同士はC-N結合により結合している。結晶、溶液中、ポリマー中の何れにおいても紫外光を照射すると無色から青色に発色し、光を遮ると瞬時に無色に戻る高速熱消色反応を示す。熱消色反応は一次の反応速度式に従い、室温ベンゼン溶液における発色体の半減期は33ミリ秒であり、ナフタレン架橋型イミダゾール二量体の発色体の半減期と比較して約22倍の高速化が達成された。発色体は350 nmから1,000 nmに至る可視光全域から近赤外光域に至る幅広い吸収帯を有する。[2.2]パラシクロファン架橋型イミダゾール二量体は合成が比較的容易であり多様な誘導体の合成が可能である。これまでに、消色体の吸収がUVA領域や可視光域にみられる高感度誘導体や、発色体の半減期が33マイクロ秒と熱消色反応が1,000倍に高速化した誘導体が開発されている。さらに、アクリレート基やメタクリレート基を導入したフォトクロミックモノマー誘導体のラジカル重合により、側鎖型フォトクロミックポリマーが合成されている。尿素部位を導入した誘導体として光応答性水素結合型有機ゲル化剤や、水中で球状ベシクルやオリゴラメラベシクルを形成する両親媒性誘導体も開発されている。これらのポリマーや有機ゲル、ベシクルでも高速発消色反応特性を示し、幅広い分野での応用が期待される。[2.2]パラシクロファン架橋型イミダゾール二量体の特徴は、高い分子設計自由度に加えて、ほぼ1に近い大きな光反応量子収率と優れた繰り返し耐久性にある。これまでのT型フォトクロミック分子には見られない優れた高速熱消色特性を利用することで、新たな高速光スイッチの用途が期待される。例えば、透過率や屈折率の高速変調を利用することで干渉縞の高速形成と高速消去が可能となる。今後、さらに高機能化した架橋型イミダゾール二量体の幅広い分野での応用展開が期待されている。



[2.2]パラシクロファン架橋型イミダゾール二量体(pseudogem-bisDPI[2.2]PC)のフォトクロミズム


pseudogem-bisDPI[2.2]PCベンゼン溶液のフォトクロミズム(照射光波長:365nm)

 上述したように、pseudogem-bisDPI[2.2]PCは調光材料や実時間ホログラム材料への応用が十分に期待できる実用的フォトクロミック化合物である。さらに、われわれはpseudogem-bisDPI[2.2]PCの特許権(特許第4643761号)を取得し、2009年5月から「高速発消色フォトクロミック材料」として関東化学株式会社より試薬販売を開始した。

高速フォトクロミック分子に関する論文概要

バナースペース