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有機合成化学、量子化学計算、時間分解レーザー分光を基盤として、高機能性フォトクロミック分子や有機ラジカルの開発を目指した物理有機化学の研究を行っています。

Aoyama Gakuin University

Department of Chemistry
Functional Material Chemistry Laboratory

論文概要Abstracts

基礎解説 ⇒ T型フォトクロミック分子 HABI 高速フォトクロミック分子 ビラジカル
論文概要 ⇒ HABI 高速フォトクロミック分子 ビラジカル

HABIに関する研究論文

  • o-Cl-HABI単結晶中で光生成したラジカル対の構造を決定

 HABIのハロゲン置換体であるo-Cl-HABI結晶に室温で長時間紫外光を照射してもフォトクロミズムを示さないが、液体窒素温度下で紫外光照射を行うと、ローフィルラジカルの生成に伴って結晶の色は淡黄色から紫色に変色する。この条件下ではラジカル二量化反応は抑えられ、ローフィルラジカルは安定に存在し続けるが、160 (K)以上に昇温すると二量化反応の進行により徐々に照射前の淡黄色に戻る。われわれは、103 (K)で紫外光照射したo-Cl-HABI単結晶のX線構造解析により光誘起ラジカル対の構造を観測した。これまでに、ESRスペクトルによって三重項ラジカル対の存在は知られていたが、分子構造をはじめて明らかにすることができた。ローフィルラジカルは理論計算から予測されていたように、3つのフェニル基とイミダゾリル環はほぼ同一平面構造であることが確認された。またESRスペクトルには二重項状態に帰属されるピークは見られないことから、全てのローフィルラジカルがラジカル対を形成していることがわかった。

Masaki Kawano, Tomoaki Sano, Jiro Abe and Yuji Ohashi
The first in situ direct observation of the light-induced radical pair from a hexaarylbiimidazolyl derivative by X-ray crystallography 

J. Am. Chem. Soc., 1999, 121(35), 8106-8107.

  • o-Cl-HABI単結晶中で光生成したラジカル対間に働く交換相互作用をESR測定により決定

 紫外光照射したo-Cl-HABI単結晶中のラジカル対の温度可変ESRスペクトル測定から、X線構造解析されたラジカル対の基底電子状態は一重項状態であり、有効交換相互作用の値が−77(cm-1)であることを明らかにした。ラジカル分子間のスピン間有効交換相互作用は有機物質の磁気的秩序状態に直接反映するために重要な物理量であるが、構造が明確にされた不安定ラジカル対の有効交換相互作用については前例がなく、本研究が初めての例である。

Jiro Abe, Tomokazu Sano, Masaki Kawano, Yuji Ohashi, Michio M. Matsushita and Tomokazu Iyoda
EPR and density functional studies of light-induced radical pairs in a crystal of a hexaarylbiimidazolyl derivative
Angew. Chem. Int. Ed., 2001, 40(3), 580-582.

  • 結晶相分子交換反応の直接観察

 無置換のHABI単結晶について行った単結晶X線構造解析では、o-Cl-HABIとは異なる興味深い結果が得られた。再結晶により得られた単結晶は一つのイミダゾール環の1位の窒素原子と他方のイミダゾール環の2位の炭素原子が結合した1,2’-二量体であるが、108(K)で光照射すると結晶中に2,2’-二量体が生成していることを見いだした。隣接するHABIから生成したローフィルラジカル間で二量化反応を起こすが、その際に、光照射前の二量体とは異なる構造異性体を生成する。さらに室温まで昇温することによって、2,2’-二量体はラジカル解離を経て、完全に光照射前の1,2’-二量体に戻ることが確認された。すなわち、2,2’-二量体は隣接する二組の光誘起ラジカル対から1,2’-二量体を生成する過程で生じる不安定中間体として考えることができる。低温下ベンゼン溶液中のローフィルラジカル再結合反応によってピエゾクロミズムを示す白色粉末が得られるが、赤外線吸収スペクトルから2,2’-二量体であると推測されていた。しかし、この白色粉末を溶液に溶解すると瞬時にラジカル解離反応を起こすことから結晶化は困難であり、分子構造の明確な答えは得られていなかった。しかし、赤外線吸収スペクトルから、HABI単結晶中に低温下光照射により生成した2,2’-二量体がピエゾクロミズムを示す二量体と同一分子であることが本研究で初めて明らかにされた。

Masaki Kawano, Tomokazu Sano, Jiro Abe and Yuji Ohashi
In situ observation of molecular swapping in a crystal by X-ray analysis
Chem. Lett., 2000, 29(12), 1372-1373.

  • フェムト秒分光測定によりHABIの光解離反応ダイナミクスを解明

 200フェムト秒のパルスレーザーを用いた超高速分光測定により、イミダゾール二量体からイミダゾリルラジカルを生成する反応過程を明らかにした。イミダゾリルラジカルは紫外光照射後に80フェムト秒の時定数で生成し、光反応量子収率はほぼ1であることから、励起状態は解離型ポテンシャルの形状であることが示唆された。この研究により、HABIの光反応初期過程が初めて明らかにされた。

Yusuke Satoh, Yukihide Ishibashi, Syoji Ito, Yutaka Nagasawa, Hiroshi Miyasaka, Haik Chosrowjan, Seiji Taniguchi, Noboru Mataga, Daisuke Kato, Azusa Kikuchi and Jiro Abe
Ultrafast laser photolysis study on photodissociation dynamics of a hexaarylbiimidazole derivative
Chem. Phys. Lett., 2007, 448(4-6), 228-231.

  • フェムト秒からナノ秒時間分解分光測定によるピレン−HABI誘導体の結合解離過程の観測

 o-Cl-HABIベンゼン溶液系では、蛍光は全く観測されず、光照射後ほぼ解離型のポテンシャル上での運動に対応すると考えられる80フェムト秒の時定数で解離ラジカルの生成が確認されている。一方、Py-HABI系では弱いながらも蛍光が観測され、解離型ポテンシャルとピレンに局在した励起状態の間に何らかの交差点が存在することが示唆されているが、その詳細は明らかにはなっていない。HABI誘導体は光照射の時間原点を持つ反応系であり、基礎的観点からも熱反応では観測しにくい結合解離ダイナミクスとメカニズムの詳細を超高速パルスレーザーによって解明可能な重要な系と考えられる。更に、励起状態におけるポテンシャルの詳細と反応挙動に関する実験的知見は、反応速度や収量を制御可能な分子系の合理的設計に関する重要な基本情報である。上記のような観点から、フェムト秒からナノ秒に至る広範囲の時間スケールでの蛍光および過渡吸収測定を行い、反応挙動について研究を行った。ピレンに局在した励起状態には、時間の経過とともにエキシマーのような励起状態を形成する緩和過程が存在し、解離型のポテンシャルへの乗り移りの活性化エネルギーが時間の経過とともに大きくなることが明らかになった。

Hiroshi Miyasaka, Yusuke Satoh, Yukihide Ishibashi, Syoji Ito, Yutaka Nagasawa, Seiji Taniguchi, Haik Chosrowjan, Noboru Mataga, Daisuke Kato, Azusa Kikuchi and Jiro Abe
Ultrafast photodissociation dynamics of a hexaarylbiimidazole derivative with pyrenyl groups: dispersive reaction from femtosecond to 10 ns time regions
J. Am Chem. Soc., 2009, 131(21), 7256-7263.

  • HABIヘテロ二量体の単離と単結晶X線構造解析

 HABI誘導体に関して数多くの研究が報告がなされているが、それらのほとんどが同一のイミダゾリルラジカルの二量体であるイミダゾールホモ二量体に関する研究である。一方で、異なる電子状態を有するイミダゾリルラジカル間で再結合したイミダゾールヘテロ二量体のフォトクロミック特性については明確な研究はなされていない。イミダゾールヘテロ二量体で光照射によるラジカル生成の量子収率向上が認められれば、HABIを開始剤とするフォトポリマーの性能向上にも繋がると考えられる。本研究では、イミダゾールヘテロ二量体の合成・単離を行い、X線結晶構造解析によりその分子構造を初めて決定した。

Atsushi Kimoto, Shimpei Niitsu, Fumiyasu Iwahori and Jiro Abe
Formation of hexaarylbiimidazole heterodimers via cross recombination of two lophyl radicals
New J. Chemistry, 2009, 33(6), 1339-1342.

  • 拡張パイ共役系を有するHABI誘導体の合成とフォトクロミック特性

 これまでに拡張パイ共役ユニットを有するHABI誘導体の合成は報告されていなかったが、本研究ではイミダゾール環の2位に結合しているフェニル基に二重結合を介してビチオフェン部位を導入した拡張パイ共役HABIを初めて合成して、そのフォトクロミック特性を解析した。発色体のラジカルの吸収帯は近赤外領域まで長波長シフトするとともに、スピンが拡張パイ共役部位にまで浸みだしていることを明らかにした。さらに、フォトクロミック反応の感度も大幅に増大することが示された。

Azusa Kikuchi, Tomokazu Iyoda and Jiro Abe
Electronic structure of light-induced lophyl radical derived from a novel hexaarylbiimidazole with pi-conjugated chromophore
Chem. Comm., 2002, 14, 1484-1485.

  • アゾベンゼン部位を有するHABIのフォトクロミズム

 HABIにアゾベンゼン部位を導入した誘導体を合成し、そのフォトクロミック特性を解析した。通常のHABIのフォトクロミズムに加えて、アゾベンゼン部位のシス−トランス光異性化反応が関わることで、消色体であるイミダゾール二量体、および発色体であるイミダゾールラジカルにはそれぞれ2種類の異性体が存在し、全部で4種類の状態を生成することが明らかになった。すなわち、1分子で4状態を発現するHABI誘導体の創製に成功した。

Issei Nakahara, Azusa Kikuchi, Fumiyasu Iwahori and Jiro Abe
Photochromism of a novel hexaarylbiimidazole derivative having azobenzene moieties
Chem. Phys. Let., 2005, 402(1-3), 107-110.

  • HABI金属錯体のフォトクロミズム

 三座配位子であるターピリジル基を導入したbisterpyridyl-HABIを合成し、そのFe2+二核錯体を得ることに成功した。得られた二核錯体は溶液中で紫外光を照射することで薄い黄色から茶色へのフォトクロミズムを示し、暗所に保存すると再び薄い黄色へと可逆的に変色した。錯形成後のラジカル二量化反応の速度定数は錯形成前に比べて約5倍に増加しており、ラジカルの再結合反応が著しく促進されていることが明らかになった。この研究は、HABI金属錯体の顕著な再結合促進効果を初めて見出したものである。

Yuki Miyamoto, Azusa Kikuchi, Fumiyasu Iwahori and Jiro Abe
Synthesis and photochemical properties of photochromic iron(II) complex of hexaarylbiimidazole
J. Phys. Chem. A., 2005, 109(45), 10183-10188.


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