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有機合成化学、量子化学計算、時間分解レーザー分光を基盤として、高機能性フォトクロミック分子や有機ラジカルの開発を目指した物理有機化学の研究を行っています。

Aoyama Gakuin University

Department of Chemistry
Functional Material Chemistry Laboratory

論文概要Abstracts

基礎解説 ⇒ T型フォトクロミック分子 HABI 高速フォトクロミック分子 ビラジカル
論文概要 ⇒ HABI 高速フォトクロミック分子 ビラジカル

ビラジカルに関する研究論文

 ビラジカルの化学はその磁気的相互作用についての知見を得るのみでなく、化学結合形成に関する理解を深めるうえで重要な分子種である。Chichibabin's炭化水素のように2つのラジカルがフェニル基のパラ位に位置する分子においては、分子内に2つの不対電子を有する開殻ビラジカル構造と、全ての電子が対をなす閉殻キノイド構造の2種類の極限構造を考えることができる。この2つの極限構造は原子価異性体と見なすことができ、通常はこれらビラジカル構造とキノイド構造は共鳴構造として記述される。本研究では、イミダゾール環をフェニル基のパラ位に配置したBDPI-2Y誘導体において、ビラジカル構造とキノイド構造が熱平衡として存在し、原子価異性体が独立に存在する系を見出した。ビラジカルからキノイドへの熱異性化反応経路にはエネルギー障壁が存在し、その内訳は負の活性化エンタルピーと、大きな負の活性化エントロピーであることを明らかにした。さらに、ビラジカルは光反応でもキノイドに異性化することを見いだした。シングレットビラジカルの本質に迫る研究成果である。


Katsuya Mutoh, Yuki Nakagawa, Sayaka Hatano, Yoichi Kobayashi and Jiro Abe

Entropy-controlled biradical-quinoid isomerization of a π-conjugated delocalized biradical
Phys. Chem. Chem. Phys., 2015, 17, 1151-1155.

 プロトン互変異性はプロトン移動反応と二重結合の移動が組み合わさった現象であり、プロトン互変異性を利用することでパイ共役系化合物の物性を熱、光、溶媒の極性などの外部刺激によってスイッチングすることができる。
 イミダゾール環の4位にキノンメチド構造、5位にフェノール基を有する2-フェニル-4,5-ジアリールイミダゾール誘導体は、プロトン互変異性によってソルバトクロミズムを示すことを見いだした。
非極性溶媒中では黄色のOH型構造(1_OH)として存在するが、極性溶媒中では青色のNH型構造(1_NH)として存在する。それぞれの互変異性体の分子構造は単結晶X線構造解析によって明らかにした。その結果、1_OHp-キノンメチド構造とイミダゾール環は共平面にあり、平面性の高いキノイド構造を有していた。一方で、1_NHは嵩高いtert-ブチル基の立体障害によって、ねじれたパイ共役系を有することがわかった。このプロトン互変異性によって引き起こされる1_NHのパイ共役系のねじれが短波長シフトの原因であることが明らかになった。また、1_OHは完全に閉殻構造であるのに対して、1_NHは開殻ビラジカル構造の寄与を有することが示唆された。ビラジカル性を有する原因はパイ共役系のねじれによって一重項ー三重項エネルギー差が減少したことであると考えられ、実際、1_NHの熱励起三重項ビラジカルに帰属されると考えられるESRシグナルが観測された。


Hiroaki Yamashita and Jiro Abe

Remarkable solvatochromic color change via proton tautomerism of a phenol-linked imidazole derivative  

J. Phys. Chem. A, 2014, 118(8), 1430-1438.

  • 開殻性を有するビスイミダゾリル誘導体のラジカル二量化反応

 基底状態でビラジカル性を有することを実験的に証明する一つの方法として、ラジカル分子に特有なラジカル再結合反応の検討があげられる。この場合には対を形成する二つの電子は同一の空間軌道に収容されることになり、スピンは反平行となることで消失してしまう。BDPI-2Yではラジカル再結合反応が見られなかったが、フッ素置換体であるtF-BDPI-2Yでは分子間でのラジカル再結合反応が確認された。tF-BDPI-2Yのトルエン溶液を室温で暗中静置すると、溶液は徐々に濃青色から薄黄色に変色し、薄黄色の透き通った単結晶が析出する。この単結晶のX線構造解析を行なったところ、tF-BDPI-2Y二分子がラジカル再結合反応により二量化したtF-BDPI-2YDが生成されることが明らかになった。すなわち、ビスイミダゾリル誘導体であるtF-BDPI-2Yはラジカル性を有していることを実験的に明らかにした。さらに興味深いことに、tF-BDPI-2YDはラジカル解離型のフォトクロミズムを示し、可逆的にtF-BDPI-2Yを生成することを見出した。この研究により得られた知見が、架橋型イミダゾール二量体の創製に極めて重要な役割を果たすことになった。

Azusa Kikuchi, Fumiyasu Iwahori and Jiro Abe
Definitive evidence for the contribution of biradical character in a closed-shell molecule, derivative of 1,4-bis-(4,5-diphenylimidazol-2-ylidene)-cyclohexa-2,5-diene  

J. Am. Chem. Soc., 2004, 126(21), 6526-6527.

  • 開殻性を有するビスイミダゾリル誘導体の単結晶X線構造解析

 tF-BDPI-2Yはラジカル性を有しているため、室温ではラジカル二量化反応によりtF-BDPI-2YDを生成する。一方、低温(200K)では二量化反応は見られず、tF-BDPI-2Yの単結晶が得られることを見出した。結晶中では隣接分子間のπ電子相互作用に基づく一次元カラム積層構造を形成していることがわかった。

Azusa Kikuchi and Jiro Abe
Crystal structure of light-induced colored species from photochromic dimer of 1,4-bisimidazolyl-tetrafluorobenzene
Chem. Lett., 2005, 34(11), 1552-1553.

  • 大きな開殻性を有するビスイミダゾリル誘導体の構造異性体の合成とビラジカル性

 開殻性を有するビスイミダゾリル誘導体を合成し、DFT計算と併せてスピン状態について検討した。BDPI-2Yの構造異性体であるBDPI-4Yは、BDPI-2Yと比較してスピン濃度の増大がみられた。BDPI-4Yでは室温において溶液のESRシグナルが観測可能であり、室温付近におけるスピン濃度の大幅な増大が確認された。BDPI-4Yの溶液ESRシグナル強度の温度依存測定結果は、閉殻一重項キノイドと三重項ビラジカルとの熱平衡状態にあることを支持するものであった。さらに、BDPI-4Yのスピン濃度は置換基導入による分子構造変化により容易に変化することがわかり、置換基導入により分子構造変化がビスイミダゾール誘導体の電子構造制御に有効であることが確認できた。

Azusa Kikuchi and Jiro Abe
A new family of pi-conjugated delocalized biradicals: Electronic structures of 1,4-bis(2,5-diphenylimidazol- 4-ylidene)cyclohexa-2,5-diene
J. Phys. Chem. B., 2005, 109(41), 19448-19453.


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