超音速ジェット中における 1-アミノインダンの分子構造とpuckering 振動

 インダンは単結合で結ばれたフレキシブルな五員環骨格を持つことから、2-位の炭素がベンゼン平面から外れた構造がエネルギー的に最安定となることが知られています。また、2-位の炭素がベンゼン平面と直交した座標に沿って振動する puckering モードが大振幅振動として存在し、その反転座標に対するポテンシャルについて様々な実験手法を用いて研究が行われています。しかし、その puckering ポテンシャルに関しては議論が続いており、それを明らかにするためには置換基の効果を含めた分光学的知見を得ることが重要です。そこで我々は、インダンの 1-位へのアミノ基の置換が puckering モードにおよぼす影響に着目して研究を行ないました。sp3 炭素にアミノ基が結合した分子には、アミノ基の配向の違いによる異性体の存在が考えられ、異性体間の puckering モードの違いについても興味が持たれます。
 本研究では超音速ジェット条件下で、1-アミノインダン(AI)の電子スペクトルを測定し、基底(S0)状態と最低励起一重項(S1)状態における分子構造、振動構造およびポテンシャルにおよぼす置換基の効果について調べました。
量子化学計算で得られたpuckering振動モード



 図1 に 1-AI のレーザー誘起蛍光(LIF)励起スペクトルを示します。最も低エネルギー側に観測された 36902 cm-1 のバンドから低波数の領域にいくつかのバンドが観測され、36902, 36934, 37062 cm-1 から始まる振電バンドのシリーズが観測されました。それぞれのシリーズに特徴的な低波数のバンドが見られました。



 LIF 励起スペクトルで観測されたバンドの帰属を行うために、各振電準位を選択的に励起して分散蛍光スペクトルを測定しました。図2 に 36934 cm-1 と37062 cm-1 のバンドを励起して得られた分散蛍光スペクトルを示します。これらのスペクトルには強い共鳴蛍光が観測され、0-0 バンド励起の分散蛍光スペクトルによく見られる特徴です。また、互いに非常に良く似た振動構造を示しています。
 密度汎関数法(B3LYP/cc-pVTZ)を用いて分子構造の最適化を行ったところ、puckering 反転した 2 つの構造に対して、それぞれアミノ基が 120 度ずつ回転した 3 種類の構造がエネルギー的に安定であることがわかり、計 6 種類の構造異性体の存在が示唆されました。最も安定な異性体 A と二番目に安定な異性体 B とのエネルギー差は 109 cm-1 と見積もられ、異性体 B は A が puckering 反転した構造ではなくアミノ基の配向の違いによる異性体です(図3)。その他の4種類の異性体は A と比べてエネルギー的に 400 cm-1 以上不安定でした。
 LIF 励起スペクトル中に観測されたバンドの強度比を考慮して、36934 cm-1 と 37062 cm-1 のバンドをそれぞれ異性体B と A の 0-0 バンドと帰属しました。異性体 A と B のみが大きくエネルギー的に安定化している理由として、
分子内に弱い N-H…π (phenyl) 水素結合が存在しているためと考えられます。
 LIF 励起スペクトルと分散蛍光スペクトルの解析から、S0, S1 状態における低波数の puckering 振動のバンドを帰属しました。S0 状態における異性体A とB の puckering モードは、インダンとほぼ同様の振動数、強度であることがわかりました。S1 状態においては、振動量子数 v’=1, 2 の準位が、異性体 A では117, 223 cm-1、異性体 B では 115, 227 cm-1 です。異性体 A, B とインダンを比較すると、puckering の振動数は A にインダンとの違いが見られ、遷移の強度比に関しては B にインダンとの違いが見られました。