核酸塩基のカルボニル酸素をS原子で置換したチオ核酸塩基およびそのヌクレオシドは、通常の核酸が吸収しないUVA 領域 (320 〜 400 nm)に強い吸収帯をもちます。この性質を活かして、特定の細胞のラベリングや、近年では光線力学的療法 (Photodynamic therapy; PDT) の増感剤としてなど、多様な方面への応用の可能性が考えられ、特に光生物・光医学の分野で注目を集めています。
最近の我々の研究で、4-チオチミジン(S4-TdR) が吸収スペクトル特性のみならず、UVA 光照射後の緩和過程が通常のヌクレオシドとは大きく異なることが明らかになってきました。最大の相違点は、S4-TdR の緩和過程は励起三重項状態への項間交差が支配的であるという点です。通常のヌクレオシドの緩和過程は、量子収率がほぼ1で内部変換が起こるのと非常に対照的です。我々は、77 K における S4-TdR のリン光測定と時間分解熱レンズ(TRTL)測定により、S4-TdR の最低励起三重項状態への項間交差の量子収率を φISC = 1.0 と見積もることに成功しました。この光励起後に高収率で生成する励起三重項状態への S4-TdR が(1)電子移動反応を含む光化学反応に活性であること、(2)酸素との光増感反応によって一重項酸素 O2(1Δg) を生成することを明らかにしました。